刀剣夢

□愛を込めて斬り捨てましょう
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 主は美しい娘だ。異国の女らしい輝く黄金の髪が眩しく、咲き誇る花のような娘。しかし、娘らしからぬ刺すような美しさが奇妙に悪目立ちしていた。
 
 初めて主と対峙した時、俺はその美しさが諸刃の剣のそれに思えた。研ぎ澄まされすぎた美しさとでも言うべきか。ほんの少し、刺激を与えただけで刃こぼれを起こしてしまいそうなほど脆く見えた。
 
 その美しさの末路を俺は知っている。それこそ、嫌というほどに。その美しさの果てに待ち受ける最期を何度目にした事か。だというのにお供する事すら叶わなかった。その屈辱に何度苦しめられ続けた事か。
 
しかし、ついにその苦しみから解放される時が来たのだ。
 
胸の奥から燃え上がるような喜びを噛み締める。主、俺の名前はへし切り長谷部。変な名前でしょう?ですから、俺の事は長谷部とお呼びください。全て、何もかも貴女の望むままに何もかも斬って差し上げますから。だから、ねぇ、主。

澄んだ紫色の瞳が俺を見据える。均整の取れた小柄な体つきだが、女王様然とする姿は称賛したいほど。上品な装飾が施された杖は主の威厳を象徴するようだった。何故杖を使っているのだろう。そういう身分なのかも。時代に左右されない紺色の洋装から、主が身分の高い人間である事がよく分かる。今にも踊り出しそうな心を制御しながら、冷静に主に言葉をかける。
 
「主の望むままに何でも斬って差し上げますよ。ご随意にお使い下さい」
 
出来る限り優しい笑みを浮かべてみせる。人間の真似事だとしても、それなりに心を開いてくれるのかもしれない。一体、主はどのような命令をくださるのだろう。仇討ちだろうか、焼き討ちだろうか。何だって良い。どんな命令でも必ずや成し遂げてみせる。あのような過ちは繰り返さない、絶対に。
 
でも貴女が俺に向けて言い放った言葉は、俺の浅ましい期待など意図も容易く切り裂いてきた。
  
「刀風情が」
 
その言葉に深い悲しみを感じたわけではない。あまりにも空虚な言葉が不可解に思えた。その言葉に憎しみが込められているなら、いくらでも対処出来た。けれど主は俺に関心がなかった。刀風情、と言いながらもその言葉には強い人間の感情がどこにもない。
 
主はそれきり黙り、俺には何も言葉を掛けなかった。捨てるように俺を置き去りにして、部屋を後にするその姿を見てようやく気づいた。主の体は不自由で、歩くことすら困難である事を。後にそれが生まれつきなどではなく、審神者としての力を得た代償である事を知る。
 
主はそれについて何も語らなかった。語る気もないのだ。主にとって俺は家具。家畜ですらなかった。それが主の意思ならば従おうと心に誓った。主の望むままに、家具として振る舞い続ける。それが俺に出来る最大限の主への配慮だった。悲しみはなかった。いつか主は俺の名前を呼んでくれる日が来ることを信じていたから。信じられる理由など何処にもないのに。それでも、信じていたかった。
 
俺は貴女の刀なんですから。 

ある日、主が高熱を出した。体の不自由ゆえに時たま熱に苦しめられる時はあったが、その日は恐ろしいほどの高熱だった。審神者の世話をするのは俺の役目。しかし、主は寝室に俺を入れる事を拒んでいた。
 
審神者の制度には身体的な不自由のある者を援助する制度がある。主はそれを理由に一人の人間を呼んだ。主が審神者でなかった頃から仕えている執事だという。執事は丁寧に主の看病をした。全ては審神者になるために受けた医術のせいだと執事は俺に話した。主は日ノ本の人間ではなかった。その医術を売り亡命したとある国の皇女だった事を知る。
 
執事は俺の知らない主を知っている唯一の人間。主の今までの人生を具現化した存在。主は執事を信用していたし、それこそ祖父のように接していたほどだ。
 
しかし、俺はどうしてもこの執事が信用ならなかった。時たま執事の目は獣のような狂暴性が見え隠れしていたから。薬を投与しているはずの主の容態はいっこうに良くならない。それどころか悪くなっているように思える。執事が看病を初めてからだ。
 
ああ、つまりそういう事なのだ。人間という生き物は何時の時代も変わらない。俺が人間だったなら、もっと器用に振る舞えたのかもしれない。だが俺は主の刀で、そしてその役目は主をお守りする事。例え主が俺を家具としか見ていなかったとしても、だ。俺は俺のやるべき事をしなくてはならない。それが何を意味するのか理解している。例え処罰を受け、この身が破壊される事になっても構わない。
 
主はまだ俺の名前すら呼んでくれないのだから。
 
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