series2

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「ただいまー!」

今は夏休み真っ最中で、私は昼過ぎの一番暑い時間に図書館へ夏休みの宿題をしに行って(家は昼間エアコンをつけさせて貰えないから)今帰って来たところだ。

「ジェイフーン!」

靴を脱いで、荷物を置く前に末の兄のジェイフンを探して居間に行くけれど、いたのは長男シェンのみ。

「あれ?シェンだけ?」
「俺だけじゃ悪いのかよ」

悪いことはないけど、ジェイフンを探してるからがっかりしただけ。
シェンはソファの上に上半身裸でだらしなく寝転んで、扇風機を強でかけている。
いつもボタンを全開にして、着ているんだか着ていないんだか分からないシャツは、ソファの背もたれに掛かっている。

「ジェイフンまだ帰って来てないの?」
「ああ、まだだな。それよりお前今日のメシ当番だろ?サッパリしたのにしろよ」
「今日は冷やし中華にするよ!」

図書館の帰りにスーパーに寄って夕飯の材料を買ってきたんだ。
今日は気温が36度もある真夏日だし、もう夕方だってのに少しも涼しくならないから、冷やし中華にして正解だったようだ。

「ねぇシェン、隣座っていい?私も扇風機当たりたいよー」
「……しゃあねえな、こっち来い」

シェンが起き上がってくれたので、有り難く隣に座る。
シェンの腕は汗でべたべたしてるし、扇風機から流れてくる風は生暖かくて全然涼しくないけど、ないよりは百倍もマシ。
世界の環境の為に、エアコンは夜しかつけないようにしようとかジェイフンが言ってから(お風呂上がりに汗をかくのと寝苦しいのはジェイフンも嫌らしい)家では昼間にエアコンを使えない。
最初は文句を言っていたシェンも、ジェイフンの正義のお仕置き鳳凰脚が怖くて、今では律儀に守っている。

「そういやお前、ジェイフンに何の用があったんだ?」
「あ、そうそう。大学の事を聞きたくて」
「大学?」
「ジェイフンの大学でオープンキャンパスがあるんだ。西園寺くんと行く事にしたから、場所と行き方聞きたくて」

学校で配られた、ジェイフンの通う江坂大学のオープンキャンパスのプリント。
私は別に興味が無かったんだけど、今日図書館で偶然会った西園寺くんと一緒に宿題をやっている時に江坂大学の話が出て、オープンキャンパスに一緒に行く約束をしたから。

「西園寺?」
「そう。同じクラスの西園寺貴人くん」
「………」

急にシェンが黙りこんだ時、玄関が開く音が聞こえた。
そのまま足音がして、廊下から居間へのドアが開く。

「ただいま」
「ジェイフンお帰り!待ってたんだ!」
「僕を?」
「うん!ジェイフンの大学のオープンキャンパスに行くから、色々聞きたくて」

テコンドーの稽古から帰って来て疲れているはずなのに、ジェイフンは爽やかな笑顔を私に向けてくれる。
片目が隠れる位の前髪も、全然暑苦しそうに見えない。

「江坂大学に来てくれるなんて嬉しいよ!何でも教えてあげるから、まずは荷物を部屋に置いて来たらどうだい?」
「あ、ほんと。暑さで忘れてた!置いてくるね!」

シェンと話ながら涼んでたら、荷物の事なんてすっかり記憶から抜けていた。
宿題がたっぷり詰まったバッグを持って、自室がある二階へと上がった。

「兄貴、あの子は一人で江大に行く気なのかな?それとも女の子の友達と?」
「男だ」
「そうだろうね。あんなに楽しそうだもん」
「ジェイフン、分かってんな?」
「分かってるよ。任せて」


そしてオープンキャンパス当日。
西園寺くんと行く事は勿論、何かとうるさい紅丸とアーデルハイドには内緒にして、彼らが仕事に行った後に私も準備を始める。

「ねージェイフン。この服でいいと思う?」
「いいんじゃないかい?可愛いよ」

訪問先に失礼のないように白の半袖ブラウスに紺のスカートにしてみた。
これに歩きやすい靴を履いて、筆記用具もメモ帳も大きめの鞄に入れたし、バッチリだよね。

「ジェイフン、シェン、行ってくるね!」
「ああ。気を付けて行くんだよ?」
「はーい!」

いい天気だし、道程もジェイフンに聞いておいたし、何より西園寺くんと一緒だし、全く興味の無かったオープンキャンパスが楽しみで仕方がない。
大学に進学したいかどうかっていうのは、また別の話だけど。

今日も凄く暑いけど、待ち合わせ場所の公園までの足取りは凄く軽かった。


「あんなにはしゃいで何やってんだか」
「清楚で可憐な格好をしているのは、大学の為じゃなくて西園寺くんとやらの為なのかな…」
「ったく、お前が昼間にクーラーつけるなとか言い出すから、あいつが変な野郎と約束してくるんだぞ」
「そうだね…環境より、邪魔な虫が付かない方が大事だね」


電車と徒歩で、一時間程で着いた江坂大学。
想像していたよりも大きくて、人も沢山いて、今後の進路を考えさせられるような気がする。

「受け付けに行こうか」
「うん!受け付けってどこだろ…」
「こっちだよ」

私の問いに答えた声は、隣にいる西園寺くんのものではなかった。
西園寺くんの方を見ると、西園寺くんも私の方を見ているけど、その視線は私を通り越している。
その視線を追って、逆の方向に首を動かした。

「!?」

そこにいたのは、家にいたはずのジェイフンとシェンだった。
一時間前に行ってきますを言って、いってらっしゃいと見送られ。
まあジェイフンは自分の大学だから居てもおかしくはないけど何も言ってなかったし、それよりシェンが居るのは何故?

「な、なんでいるの…?」

暑さのせいか分からないけど、いくら考えたって、この兄達がここにいる意味が掴めない。

「僕はオープンキャンパスの手伝い。急に人手が足りないって電話が来てね」
「へ、へぇ……シェンは?」
「お前の担任から家に電話がきたんだよ。保護者同伴で行ってくれってな」
「ふ、ふぅん…そんな急に…?」
「こんなめんどくせぇとこに、俺が嫌がらせで来ると思うか?」

ニヤリと笑うシェンは、意地悪を全面に押し出したような顔をしているように見えるけれど、西園寺くんの手前怒鳴れない。

「西園寺くん、いつも妹がお世話になってすみませんね」

ジェイフンは私と西園寺くんの間にずいっと割って入り、礼儀正しく挨拶をしてくれたけど、握った私の手を西園寺くんに見せびらかすのは止めてほしい。

「ジェイフン、準備に行かなくていいの?お手伝いに来たんでしょ?」
「ああ。いまさっき、人が足りたからいらないって電話が入ったんだ。僕も保護者として一緒に行くよ!」

絶対に嘘だけど、ジェイフンに嘘つきって言うとお仕置きされるから言えない。
せっかくのデート(半分勉強だけど)が台無しになって、ガラガラと音を立てて崩れていく。
ほら、西園寺くんだって微妙な顔をしてこっちを見ているし、シェンは西園寺くんを睨み付けてるし。
西園寺くんに絶対に嫌われてしまったと確信する中、能面のような顔になるしかなかった。

そのまま四人でジェイフンの案内の下に大学内を回り、先輩の話を聞いたり先生への質疑応答があったりしたけれど、何一つ頭に入ってこなかった。

勿論、私が西園寺くんに話しかけようとすると即座に邪魔されて一言も交わすことを許されず、帰りだって西園寺くんとの寄り道や甘いひとときは爪の先程もなく、強制帰宅させられた。

しかも帰ってきた紅丸とアーデルハイドに西園寺くんの件をバラされて怒られるはめになったし、怒られた事によって、実はジェイフンが江坂大学への道をわざと遠回りのルートを教え、自分達は先回りしていたという事実が露呈したので、もう口を利いてやらないことにした。

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