series2

□素行調査
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「あれー?みんないる!」

午後7時。学校から帰宅した名無しがリビングに入ると、珍しく家族全員が揃っていた。

「おかえり。今ご飯ができたよ」

今日の夕飯当番らしいアーデルハイドが、エプロンを外しながら優しく微笑む。

「名無し、今日は遅かったんだな」

残業の多い紅丸も帰りが早かったようだ。テレビの前のソファからダイニングテーブルに移動して、定位置に着く。

「遊んで来たの?」

ジェイフンはアーデルハイドの手伝いをしていたらしい。みんなの分のコップをお盆に乗せてキッチンからやって来た。

「違うよ。今日は友達に誘われてクッキング部の体験してきたの!入部しちゃおっかな〜」

名無しは右手に持った紙箱を掲げながら満面の笑みで言う。それをテーブルに置き、箱を開くと、中には可愛らしくデコレーションされたショートケーキが5つ入っている。

「美味しそうなケーキだね。名無しが作ったのか?」
「ううん。部員のみんなで作ったんだよ」
「でも名無しも作ったんだろ?だったら絶対に美味いな!」
「名無しはお菓子作りが上手だもんね」

この兄達、妹のことを買い被りすぎである。デレデレと鼻の下を伸ばしながら、ある者は名無しの頭を撫で、ある者は手を握り、ある者はケーキをべた褒めする。
他の部員と作った、と言う所は誰も聞いちゃいない。

「ご飯食べたらみんなでケーキ食べようね!冷蔵庫にしまってくる!」

キッチンへ行く名無しの背中を見つめながら、一同は「可愛いなぁ」なんて思いながらにっこりと柔らかい笑みをたたえる。難しい顔で椅子に座っている長男、シェンを除いて。

「クッキング部って、どうせまた男にでも誘われたんだろ」

不機嫌さの混じった声に、三人は笑顔を強張らせる。気温が一気に5度くらいマイナスになった。

「兄さん…それは、どういうこと?」
「どうもなにも、あいつの趣味が料理だったろ。あの…名無しがよく名前を出すクラスメイトの男」
「口に出すのも忌々しいけど、西園寺貴人…だね」

西園寺貴人。名無しのクラスメイトで、何かと名無しが構い、構われる男だ。
彼にバレンタインチョコを渡しそうになった未遂が一件。オープンキャンパスに二人きりで行こうとしたこと一件。図書館で一緒に勉強、数件。二人で登下校、数十件。学校でイチャイチャ、数十件。前科ありまくり。
そんなことまで、何故兄達が知っているのかは名無しに秘密。

ともかく、兄全員が最も警戒する男である。

「そういやそんな事、デュオロンに調べさせた時に言ってたな…」
「ちょっと、紅丸。それってどう言う意味なの?」

紅丸が目にも止まらぬ早さで振り向くと、すぐそこにはキッチンへ行っていた筈の名無しが仁王像もびっくりな仁王立ちを披露している。彼女の瞳は怒りに満ちている。

「戻ってきてみれば、何の話してたの?何で西園寺くんの趣味が料理って知ってるの?デュオロンさんに調べさせたって、なに?」

どうやら最初から聞いていたらしい。これでは誤魔化せそうにない。皆が確信し、ごくりと生唾を飲んだ。

「教えて?紅丸」
「あ、ああ。シェンの友達だよ。デュオロンって。シェンが頼んだらしいな。西園寺を調べろって」
「てめェ紅丸!デュオロンはお前の友達でもあるだろーがッ!」
「馬鹿野郎!お前の方が付き合い長いだろ!」

紅丸がシェンを勢いよく蹴る。当然シェンは反撃に出て、硬く握った拳を顔めがけて突き出すが、簡単に受け止められる。

「やめて!私は誰がデュオロンさんの友達なのか聞いてるんじゃないの!誰が調査を依頼したか聞いてるの!紅丸の言う通り、シェンが頼んだの?」

恐るべし、名無しの一喝。
完全に喧嘩をしたい空気になっていたシェンと紅丸は、大人しく席に着いてしゅんと肩を落とす。
アーデルハイドとジェイフンは、自分たちに被害が及ばないように気配を消している。格闘家である彼等には造作もないことだ。

「お、俺は…。俺は紅丸に言われて、デュオロンに頼んだだけだよ。発案者はあいつだ」
「紅丸、本当?」
「本当だよ…。あいつは親を探してうろうろしてるからな。次いでに西園寺を調べて貰ったらどうだって。アーデルハイドとジェイフンも賛成してたぜ」

紅丸の放った言葉にアーデルハイドとジェイフンはぎくりと体を震わせ、揃って下を向いた。
名無しが二人に向ける、恐ろしく鋭い視線に気付いているが、絶対に見ない。DEADorALIVEである。

「アデルもジェイフンも知ってたんだ?」
「……嘘はつけないね。全部知っていたし、賛成もした。でもそれは名無しの為だよ?」
「ジェイフンの言う通りだ。俺達の行動は、名無しを思ってのことなんだ。分かってくれるね?」
「分かる訳ないでしょっ!西園寺くんに失礼なことしないでよ!!」

名無しが怒るのも無理はない。今まで散々、とっても純粋な異性交遊の邪魔をしてきたのに、更に彼の個人情報をも調べ上げてしまうなんて。
愛ゆえと言えども、少しやり過ぎだ。

「でも名無し!お兄ちゃん達は西園寺くんが名無しに相応しい男か知りたくて!」
「私の方が西園寺くんに釣り合わないくらいだよ!」
「いやな、名無し。将来的に名無しと西園寺が結婚するなら、早い内から色々と知っておいた方がいいんだぜ?」

紅丸は、名無しのご機嫌取りの為に自ら「結婚」などと言う憎らしい単語を出したのに、かなりイラっとした。それから名無しのウェディングドレス姿を想像してしまって涙ぐんだ。

「えっ…結婚!?そ、そんなの早いよ!私達まだ付き合ってもないのに…!きゃーー!紅丸のばかっ!やだぁ!」

真っ赤にした頬を手でおさえて恥ずかしがる名無しを見て、話題がそらせたとほっとする反面、結婚を身近に感じてしまい、例えようのない不安が襲いかかり、悲しくなる兄達。

西園寺貴人、絶対に消す。覚悟していろ。各々が心に固く誓った。

「もうっ!変なコト言ってないで早くご飯食べよ?お腹すいちゃったよ!」

にやにやしながら、一人先に箸を進める名無しを見ながら願う。神様、名無し樣、どうか。



(結婚しないでくれ…名無し!)
 
 

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