series2

□4.保険に入る
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「数ヶ月やっただけにしては十分な仕上がりだけど、やっぱり丸腰は危ないよネ」

三人でいつもの公園からコンビニへ飲み物を買いに行く途中、アッシュが名無しを見つめながら言った。
KOFはもう目前に迫っていて、特訓も最終調整に入っている。
何だかんだ言っても心配なのは、やはり名無しが万が一の時に傷付くことだった。

「手足から何か出ねぇ奴らは、ほとんど武器持ちか火薬仕込んでるかだからな。最近だと銃火器もアリだしよぉ」
「銃火器!?殺しに来てるじゃん!」
「名無しも何か見繕った方がイイかも」

改めてしっかり考えると、いや、どう考えてもまずい。
本来なら銃火器は使用禁止。刃物も禁止らしいのだが、今や何でもありになっているという無法地帯である。
しかも何故か鈍器は使用可能で、よくよく考えなくても一般人女性が、己が身一つで乗り込むべきではない事が分かる。

「でもさ、明らかに見た目が弱いでしょ?手加減してくれないかな?」
「そんな紳士、多分いないヨ。名無しを見て手加減するのはデュオロンだけだろうネ」

確かにデュオロンなら手加減してくれるだろう。
彼は暗殺を生業としている割には、この三人組の中で一番優しく思いやりがありコミュニケーション能力が高い。
それにいつも名無しに甘い。
でもいくらデュオロンが優しくったって、他の出場者は容赦してくれないのだ。
名無しは行く末が恐ろしくなってきた。

「ちょっと...二人共暇だよね?家で会議しようよ...」
「ウン!行こう行こう!」
「じゃ、飯買ってこうぜ」

コンビニで食料と飲み物を購入し、名無しのアパートへと向かった。
部屋に着くと、テーブルに、出場者が載ったいつぞやの新聞を広げる。
それを元に、全員に通用する、この部屋の中で一番いい武器を探すことにした。
前回の優勝者である彼らなら、適切なアドバイスをくれるに違いない。

「とにかく、変な能力があるやつが8割って考えた方がいいぜ」
「ウン。一見、拳一つで戦いそうな格闘家に見えても大概何か出るから」
「銃でいいだろ。上海でマフィアから奪ってきてやろうか?」
「それやったら試合終わったと同時に逮捕だから。殺さない程度のやつ考えてよ」

まるっきりの素人だから多少は無茶しても構わない気がするけれど、武器を使用するのは人としてというか、道徳の問題にもなってくる。
日本人が銃を手にするのは確実に問題になるし、何を使うかは敵への思いやりとさじ加減が必要だ。

「えー...もう対アッシュ用にフライパンしか思いつかないよ」
「だから身内倒しても意味ねぇっつうの!」
「でもまあ、ボクみたいに炎が出せる人の防御くらいにはなるんじゃナイ?殴っても死なないだろうし」
「じゃあフライパンにしよっと。中華鍋の方がいいかな?」
「取っ手があった方が殴りやすいんじゃね?」

確かに!と至極真剣な顔で頷いてから、名無しはキッチンへ向かいフライパンを手に取った。
試しにシェンの頭に全力で振り下ろすと、焼肉弁当を食べていた彼も流石に気付いたらしく、腕を掴まれ制止された。

「やめろバカ!不意打ちは死ぬ!」
「えー?じゃあフライパンはダメ?」
「フライパン使うヨ!って最初に言えば良いんじゃナイ?」
「そっか!それなら正々堂々としてるわ!」

最近、テフロン加工が剥がれてきていたのでフライパンを買い換えたばかりだった。
丁度ゴミの日が合わなくて、まだ家に置いたままだった前のフライパンをゴミ袋から取り出し、KOFに持って行く旅行用鞄に入れる。

「他には考えなくていい?」
「アイロンはどうカナ?」
「アイロンは意外に重いから...死ぬでしょ...」
「シェンならコンセント挿したアッツアツの状態でも死なないヨ〜」
「皺が伸ばされてイケメンになるかも!」
「お前らいい加減にしろよ」

三人で笑いながらお菓子をつまむ。
雰囲気は和んで、作戦会議というより、ただ普通に遊んでいるような適当な感じになってきた。
もはやシェンは名無しのベッドで横になっているし、アッシュはテレビをつけだした。机上の新聞は使わずじまい。
名無しは結局、布で覆われてるから殺傷能力はちょっと下がるので痛いだけ、という理由で傘を鞄に追加で入れる。
すると再放送のドラマを見ていたアッシュが、振り返って取り込み中の名無しを見た。

「あ、名無し。KOFって毎年無事に終わった事ないらしいから、本当に気をつけなきゃダメだヨ?」
「ふーん」

荷物を整理しながら適当に返事をしたが、はたと手を止めた。
今までのことを、思い出してみる。
アッシュとシェンは「名無しには怪我をさせたくない」と言っていた。「絶対に負けない」とも言っていた。
では、何故彼らは名無しに武装させるのか。気を付けろと言うのか。本当に名無しには戦わせないようにしてくれる気はあるのだろうか。守る気はあるのか。

その気があるなら、むしろ最初から特訓なんてさせないのではないか。
それに、彼らがいかにちゃらんぽらんな奴らなのか、名無しは十分に知っている。

そう思った名無しはおもむろに立ち上がった。
鞄をひっつかむと、玄関に向かう。

「名無し?ドコ行くのサ?」
「ごめん、ちょっと保険屋に行ってくる」
「はぁ!?」

そう言うと、名無しはすぐさま飛び出て行ってしまった。
アッシュとシェンは、あまりにも急な出来事に呆然と互いの顔を見合わせる。

名無しは傷害保険に加入する為に駆け付けたが、KOFの出場者として顔がバレていたらしく、受付のお姉さんに笑顔で断られてしまった。

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