series2

□3.有給を取る
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KOFまであと二ヶ月程になった頃、日々特訓重ねで名無しの体はボロボロだった。
なんとか顔は避けてもらっていたものの、全身切り傷擦り傷青痣何でもござれな状態だ。
会社では絶対にスーツで、とにかく怪我が見えないように工夫している。

「名無し君、ちょっといいかい?」
「あ、はい」

朝一、名無しのデスクに上司が来て、耳元で小さな声で呼ばれた。
何かとんでもないミスでもしたのかと焦りながら後ろを歩いて行くと、会議室に着いた。
呼び出される心当たりは沢山あった。昼休みはギリギリまで昼寝しているし、何より疲れで仕事がちょっとだけ疎かになっている。

「座って」
「はい...」

だだっ広い会議室に二人きり。
向かい合って座ると、上司は深刻そうな顔をしている。
クビにでもされるのかと怯えていると、重い口が開かれた。

「あまり聞かれたくない個人的な話かも知れないが、いいかい?」
「......はい...」

ゴクリと、生唾を飲む音が会議室に溶ける。冷や汗が額を流れる。

「社内で噂になっていてね。名無し君は、君をよく迎えに来ている二人組の男に暴力をふるわれているんじゃないのか?」
「はい!?」

思わず椅子から転げ落ちそうになったが、何とか持ちこたえた。
上司の話によるとスーツで隠していた傷や包帯は、トイレで手を洗う時とか、しゃがんだ時に背中がちらっと出た時だとかに見えていたようで。
それから、いつも名無しを迎えに来ている爬虫類顔の少年とやたら人相の悪いデカい男が怪しいと、知らぬ間に社内持ちきりの噂になっていたらしい。

名無しは話を聞きながら青くなったり赤くなったりで、この世から消えてしまいたかった。
しかし、とにかく心配してくれている優しい上司と誤解している同僚達に、事実を話さなければならない。

「そんなんじゃないんです。すみません」
「じゃあその傷は」
「実はKOFに出る事になってしまって...」
「KOF!?KOFって、あの格闘大会の!?」
「はい...」

口に出したら、本当に死ぬほど恥ずかしかった。いい年した女が、KOFに出るなんて。
名無しは真っ赤になって俯いている。

「凄いな名無し君!いやぁ僕はKOFのファンでね!いつもテレビ中継を楽しみにしているんだよ!しかしうちの会社から!しかも僕の部下が出るなんて!」

上司は聞くや否や、先程までの重々しさはどこへやら。急に生き生きとした表情で息もつかずに語り出した。

「はぁ...」
「だから傷が絶えなかったのか!成る程ね〜。それより名無し君、有給はまだ取ってないね?日程を教えてくれ。今から決めよう!」
「あ、ありがとうございます」

返事をするとすぐさまオフィスへと連れ戻され、お陰で無事に有給を取ることが出来たが、上司は同僚達に名無しがKOFに出場する事をバラしてしまったので、皆から質問攻めに遭い物凄く居づらくなった。



「もう大変だったんだから!」

アッシュとシェンに今日の出来事を伝えると、二人は腹を抱えて笑う。
笑い事じゃないと怒り、名無しは彼らを蹴ったが、もろに食らったのはシェンだけで、アッシュはひらりと身をかわした。

「アハハ!でも結果オーライじゃない!」
「うるせえ小僧!」

次の日は今日よりも大変な事になるなんて、名無しは知る由もなかった。



翌朝、目覚ましよりも先に鳴った携帯の着信音で目が覚めた。
眠い目をこすりながらディスプレイを見ると「お母さん」と出ている。

「もしもし?どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!あんた何やってんの!」
「私なんかした!?」
「KOFに出るなんて、お母さん一言も聞いてない!」
「え!?」
「今朝の新聞に載ってるの、お父さんが見つけたのよ!」
「ちょ、ちょっと待って!」

携帯を放り出し、布団を跳ね除けて玄関まで走った。
ドアに付いた郵便受けからは朝刊が少しだけ覗いている。引っ張り出して乱暴にめくると、KOFの一面記事が目に入った。
そこには主要な出場者が記載されていて、前回の優勝者であるアッシュとシェンに並んで、例の名無しとアッシュの顔が半分程写ったプリクラ写真が、そのまま載っている。


携帯からは、母の声がかすかに漏れ聞こえてきた。

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