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□XII
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真っ暗な部屋の中で、一ヶ所だけぼんやりとかすむ光が灯っている。
それはリビングの真ん中に設置されたセンスの良いガラスのテーブルの上。少しだけ型の古いノートパソコンからだった。
名無しはテーブルの前にあるソファに座らず、地べたにあぐらをかいてぼーっとモニターを眺めている。

「ただいまー。名無し、いるの?」

パチン、という音と共に一面に明かるさが戻る。
買い物から帰ったアッシュが、玄関の鍵は開いているのに、部屋が真っ暗だという事に不可解そうな顔をしながらリビングの電気のスイッチに指を付けたままの格好で、パソコンを眺めている名無しに声をかけた。

「どうしたのサ、目が悪くなるヨ?」
「アッシュ...」

名無しは虚ろな目を、パソコンからアッシュにゆっくりと移動させる。なんだか病的で、アッシュは荷物を放り投げて名無しに駆け寄る。

「名無し?大丈夫なの?」
「アッシュ、アッシュ、これ」

眉間に数本の皺を寄せて、苦々しい面持ちの名無しはモニターを指す。
示された物を覗き込むと、そこにはバッチリとポーズを決めたアッシュが掲載されていた。

「??ボクが、どうしたの?」

何事かと思ったらボク自身ではないかと肩透かしを食らったアッシュは、また不可解そうな顔で彼女にそう問いかけた。

「はあ??」

名無しはそれはもう大層間の抜けた面をしてアッシュを見返す。

「え?なに?何がおかしいの?」
「これ見て何も思わないの?」
「ボクでしょう?何か問題でもあるの?」

互いに質問をぶつけ合い、譲らない。

「頭大丈夫?問題ないと思うの?」
「だってボクだよ?名無しの好きな正真正銘のボクだヨ??」
「あんたはどこに向かってんのよお!!」

涙を流し、モニターを叩きながら悲痛な叫び声をあげる名無し。
アッシュはかなり動揺しながらも彼女の背中をさすって落ち着かせようとする。

「ボクはどこにも行かないヨ。ずっとずっと名無しの傍にいるヨ」

そんな見当違いな事を言うアッシュの胸ぐらを掴み、名無しは凄んだ。

「こ、れ、は、なんなの?可愛いと思ってやってんの?それともやらされてるの?」

名無しはモニターを指で数回弾く。
名無しが先程から呆然と眺めていたサイトは、巷で噂の発売日が目前に迫る格闘ゲーム、KOFXIIの公式ホームページだった。
でかでかといかにもメインですという位でかでかと、古典的なセクシーポーズをとるアッシュがいる。

「なにこの尻。プリケツ気取って。なにこの頭。なんでこんなにデカいの?盛ってんの?キャバ嬢なの?なのに顔はちょいブサだし、キャラクター画面開いてみれば下半身がムッチリしてるし、XIからの変わりようはなんなの!?」

早口でまくし立てる名無しにすっかり怯え切ってしまったアッシュは小声で「ゲーム会社に無理矢理やらされました」とのことを途切れ途切れにやっとの思いで口に出す。

「なんで!!XIはあんなにかっこよかったのに!今、私の目の前にいるアッシュはそこそこかっこいいのに!何で今回は可愛い路線に変更してるの!」
「か、会社が」
「会社が悪いんだね?会社にやらされたんだね?じゃあ今から本社に電話するから!アッシュ・クリムゾンの彼女ですけどもって!電話するからねっ!」

ああ、そうやって電話したら、何だか旦那の職場に電話をする妻みたいじゃないか。
一気に妄想を広がらせている間に名無しは素早く携帯を取り、開いていたサイトを頼りに番号を打ち込み、耳にあてた。
数回のコールの後、オペレーターに繋がる。

「すみません。私、アッシュ・クリムゾンの彼女ですが」
「あ...はあ...彼女様ですか」

電話から聞こえる女性の声は、明らかに一瞬詰まり、呆気に取られたようだった。それもその筈だ。自社のゲームに出ている人の彼女と名乗るだなんて、変な思考をする奴だと思われても仕方ないのだ。

「ええ、イタズラなんかじゃありません。なんなら隣にいる本人にかわりましょうか?」
「あ、いえ、決してイタズラなどとは...疑っておりません」
「そうですか。では、本題なんですが。アッシュは、爬虫類顔でそこそこ気持ち悪いんですけど、まあまあかっこいいんです!」
「......あ...はい、そうでございますね」

女性は明らかに戸惑ったような声を出すが、そんな事名無しにとっては何の問題もない。

「2003はそれはもう気持ち悪かったんですけど、XIで何とか軌道修正したんです!それを、今回のものでまた新たな方向に逸れさせるの止めて貰えますか!?」
「は、はい!ご意見ありがとうございます」
「アッシュはそちらに無理矢理やらされたと言っているんです!発売までにかっこいい路線で再び収録させて頂けますか?」
「はい!あの、まずは上に報告させて頂きますので!」

オペレーターの女性はそう言うとガチャンと電話を切ってしまった。
こちらの名前も連絡先も伝えていないのだが、大丈夫なのだろうか。そう名無しは考えたが、アッシュ本人に直接対応して貰えるのだろうと結論付けた。

「アッシュ改造計画を阻止してあげたよ」

彼女は満足そうな笑顔をしている。
今、下手なことは言ってはいけない。勘の鋭い名無しは、ゲーム会社にやらされたと言う嘘を見破ってしまうかもしれないから。

「Merci!名無し!こんなにボクの事を考えてくれてるなんて嬉しいヨ!」
「当たり前じゃない。こんなの許せないもん」

アッシュは名無しを抱き寄せ、重ねて礼を言う。
動揺が伝わらないように名無しの体をきつくきつく抱きしめた。

この後、名無しにもアッシュにも会社から連絡が来る事はなく、ゲームは発売されたのであった。

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