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□【9】階段を踏み外しそうになったところを、たまたまいた男性が支えてくれる
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「名無し大丈夫?落ちちゃダメだよ?」
「大丈夫大丈夫!アテナも気を付けてね」
「私はほら、サイコパワーがあるから」
「いいなあ」

ESAKA商事広報部の名無しとアテナは、倉庫から出してきた山ほどの資料を抱えて階段を降りている。
こんな時に限ってエレベーターは点検中で使えないなんて、運が悪い。

「結構前見えない」
「踏み外さないでね」

アテナにそう言われた瞬間、名無しは足を踏み外した。自分の注意力の無さに後悔すると同時に、冷や汗が流れる。

「ひっ!」
「名無し!」

アテナが資料を放り投げ、テレポートし、名無しの下に回り込んで支える前に、誰かが名無しを抱きかかえた。

「!」

あれ、落ちたはずなのに全然痛くない。
そう思いながら、名無しはぎゅっと閉じた目を恐る恐る開いた。

「大丈夫か?」
「あ…はい…」

近くに、心配そうな顔を向けるナイスミドルがいた。
イケメンな天使が迎えに来たのかと人生の終わりを悟ったが、こんなイケメンに天国に連れて行って貰えるなら、それでもいいのかなと思った。

「ああ、天使様。私は天国に行けるんですね」
「名無しは生きてるよ!死んでないよ!」

アテナの必死な声に我に返り、ナイスミドルは人間で、助けて貰ったのだと言うことに気付く。

「すみません!本当にすみません!ありがとうございました!」
「いや、怪我は無いな?」
「はい!ございません!」

名無しに怪我がないことを確認すると、男は名無しを階段の踊場に立たせ、アテナの投げた資料を集める。
そして二人の持っていた資料を男が全て持ち、広報部まで送り届けてくれた。

「本当にありがとうございました」
「気にするな。ではな」

去りゆく背中が見えなくなるまで、名無しとアテナは頭を下げ続ける。

「はあー。ナイスミドルだったね。どこの部の人かな?」
「名無し、知らないの?国際部の嘉神さんだよ。国際部の人って一年の半分は海外出張だって話だから、会えるのは珍しいんじゃないかな」
「嘉神さんか…よし!善は急げだ!お礼がてら食事に誘いに国際部行ってくる!」
「行動力ある!素敵!」
 
名無しは国際部に走った。そこに嘉神がいるか判らないが、とにかく走った。
階段を二つ程駆け上がり、途中で誰かに声を掛けられても無視して疾走する。

「か、嘉神さん…!」

国際部の入り口で、嘉神の名を呼んだ。部の人間達がざわざわと騒ぎ出して少ししてから、中から嘉神が顔を出す。

「嘉神さん!」
「おや、先程の…」
「広報部の名字無し名無しです!」
「名無しさん。どうされたかな?」

名無しはもじもじと両人差し指を合わせながら、上目遣いで彼を見る。

「良ければ…その…一緒にランチでもどうですか?助けて頂いたお礼に」

頬を染めて、バッチリ可愛く決まったはずだ。

「ああ、ご一緒しよう」
「本当ですか!?」
「その代わり、食事代は私に出させてくれないか?」
「え?でもそれじゃあ、お礼になりません」
「こんな若い子と一緒に食事出来るだけで十分、礼になっているよ。君に出して貰うなんて、私の美学に反するんだ」
「嘉神さん…」

上目遣いが功を奏したのか、無事に約束を取り付けることができた。心の中で拳を握って喜んだ。
12時に広報部まで迎えに行く、との嘉神の言葉に甘え、名無しはそれまで仕事に精を出すことにした。
部に戻り、上手く行ったことをアテナに報告し、仕事をバリバリこなす。
余裕を持って11時半にトイレに行き、化粧と髪型を整えると丁度良い時間になっていた。急いで戻ると、既に嘉神が待っていた。

「嘉神さんすみません!」
「今来た所だから。焦らないでくれ」

本当に紳士的で、大人の雰囲気が漂う素敵な男性だ。
名無しは嘉神に助けて貰った時から、嘉神に恋心を抱いていた。一目惚れと言うやつである。

「名無しさんは、何が食べたいかな」
「うどんが食べたいです!良いですか?」
「ああ。海外に出る機会が多いのでね、日本食が恋しくなるんだよ」
「羨ましいです。私は海外なんて一度も行ったことがないので」
「そうなのか。では今度、広報部との海外出張を提案してみるよ」
「わあ!是非ともお願いします!」

会社近くのうどん屋に入り、食事をしながら談笑する。今日初めて出会った二人だが、会話は弾んで、食事が終わる頃にはとてもよく打ち解けていた。
 
「今日は本当にありがとうございました」

うどん屋を出てから、名無しは嘉神に深々と頭を下げる。
階段で落ちそうになった時はおろか、食事代まで出して貰うなんて、今日という日は何から何までお世話になりすぎた。

「私の方こそ、ありがとう。一緒に過ごせて良かった」

それでも優しく微笑む嘉神は、どこまで紳士なのだろうか。名無しは彼の器の大きさに完全にノックアウトされていた。

「…名無しさん…」
「はい?」

突然、嘉神は立ち止まり、真剣な眼差しで名無しを呼んだ。
つられて名無しも立ち止まり嘉神を見ると、嘉神は心なしか顔を赤らめて、視線を外した。

「また誘っても良いかい?」
「え…?」

まさか嘉神から次の約束をして貰えるなんて、夢にも思っていなかった名無しは一瞬、頭が真っ白になる。

「あまりにも、君との時間が楽しかったから」
「あ…も、勿論です…!」

こんなに嬉しいことが押し寄せた1日は、いまだかつてなかったはずだ。
まるで一生の運を使い果たしてしまったようで怖くなるが、嘉神がずっと傍に居てくれることになるならば、なんの問題もないだろう。
 
 
 

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