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□【8】幼少期に両想いだった幼なじみと偶然再会する
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名無しは最近、かなりの確率で同じ夢を見ていた。
小さい頃の夢なのだが、何を示しているのだろう。またあの頃に戻れる事を暗示しているのなら、願ってもないことだ。

「あ…れ…?」

仕事帰り、社会人や学生で混み合う駅の中で、懐かしい人物を見たような気がした。
横顔に面影があった。人違いかも知れないが、必死に後ろ姿を追った。

「ま、待って!慶ちゃん!」

人混みを掻き分けて、やっとの思いで男性の腕を掴む。
振り向いたのは、やはり名無しの思った人物であった。

「………」
「慶ちゃん…!」

男性は静止し、しばらく考えてからハッと目を見開いた。

「…名無しか?」

名無しは、返事のかわりに満面の笑みを返した。
名無しに呼び止められた男。彼、鷲塚慶一郎は名無しの幼なじみである。
歳は五つ程離れているが、二人は家が隣同士で仲がよく、小さい頃は毎日のように遊んでいた。

名無しが小学生、慶一郎が中学生の時に名無しが親の都合で一つ隣の街に引っ越してから、それきりになってしまっていた。

十数年越しの再会だ。

積もる話があるので、二人は近くのレストランに移動して夕食をとることにした。

「一瞬、誰だか分からなかった」
「えへへ。綺麗になった?」
「…ああ、とても」

はにかむ慶一郎に、懐かしさや緊張で胸がいっぱいになる。
彼は昔も格好良かったが、今は前より、格好良くなっていた。

「本当に久しぶりだね。会えて良かった」
「よく私だと分かったな。あんな人混みの中で」
「…最近、毎日のように同じ夢見てて」
「夢?」
「うん。それが、慶ちゃんの夢なんだって!凄くない?奇跡だよ!」
「凄いな。予知夢か。私は何も見なかったが」
「えー?私だけか...なんかずるい」

最近、よく見ていた幼い頃の夢は、この事だったのだろうかと思う。
お互い歳はとったが、笑いあっていると昔に戻れた気がする。時の流れは残酷だが、こんなふうに優しくもあるから困る。

「そう言えば家の道場、継いだの?」
「ああ。今は師範をやっていてな、平日は毎日稽古をつけているよ」
「へえ、凄い!」

代々鷲塚家が経営している剣道の道場を、慶一郎が継いだらしい。
幼い頃から慶一郎は竹刀を握っていたのを思い出した。
 
「名無しは?」
「私?私はねえ、事務やってるよ。毎日毎日同じ事の繰り返しだけど、楽しい」
「それなら良かった」
「明日、道場見学に行っても良い?仕事休みで暇だから」
「大歓迎だ。いつでもおいで。待ってる」
「ありがとう!」

翌日、記憶を頼りに慶一郎の道場へ来た名無しは隅に座り、いきいきと生徒に指導する慶一郎を見つめている。
名無しには、彼がとても眩しく見えた。
二時間程して練習は無事終了し、生徒達が帰りガランとした道場の縁側で、お茶でも飲みながらひと息つくことにした。

「なんか、羨ましいなあ。あまりにも剣道が好きで毎日楽しいって顔してるから」
「はは、そうか。毎日充実しているよ」
「…ねえ、この前聞くの忘れてたけど、もう結婚した?」
「ぶっ!」

慶一郎は、名無しの唐突な質問に口に含んでいたお茶を吹き出した。濡れた床を慌てて道着の袖で拭き取る。

「もういい歳でしょ?だから」
「いや、見合いは何度かしたが、な」
「ふうん…」

二人の間に、なんとも言えぬ微妙な空気が流れた。

「好きな人は?」
「そ、そんな事聞いてどうする」
「私、ずーっと好きだったよ。慶ちゃんのこと」
「!」
「だった、じゃないか。今も好きだし」
「………」
「覚えてる?昔、結婚しようねって約束したの。あれ期待して今まで彼氏作らなかったんだけどなあ」

まだ二人が幼稚園、保育園に通っている頃「大きくなったら絶対に結婚しようね」と幾度誓っただろうか。
そんなこと、もう慶一郎は忘れているのだろうか。名無しは彼をからかいたい半分、覚えているのか知りたかった。

「……私だってそうだ」
「えー?」
「私だって、この歳になっても名無しのことが忘れられなくて、見合いだって」
「嘘…」

信じがたい。でも彼は嘘なんてつけない性格だと、名無しは知っていた。

「しがない道場の嫁で良いのか?苦労はさせたくないから、無理強いはしないが…」
「良いに決まってる!大好き!」

儚い約束が今ここに果たされる。
再会は、運命であった。
 
 
 

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