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□【7】一日に何回も予期せぬところでばったりと出くわす
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それは、ある休日。
名無しが買い物に出掛けようと家を出て、晴れ渡った空を見上げた時だった。

お隣の家の屋根に人が立っているのを、名無しは見逃さなかった。

雨漏りの修理の為、おじさんが屋根で作業をしている、と言う訳でも無さそうだ。
隣のおじさんはもう70代で足腰が弱っているだろうし、第一、黒と紫の、裾がちょっとひらひらした服なんて着ないだろうから。
それにあんなに豊かな髪の毛もない。
絶対に違う、と確信してからもう一度屋根を見上げると、そこには既に誰も居なかった。


それは、街に出て、一軒目の洋服屋さんに入った時だった。
女の子達で賑わう店の中、名無しもにんまりしながら可愛らしい服を見ている。

その時、明らかに場違いな人が居ることを、名無しは見逃さなかった。

先程見た、屋根に乗っていた人物と同じような服装をした男が名無しを見ている。
驚いていると、彼は店の中をキョロキョロと見回し、何かを探している様子をみせた。
釣られて名無しも辺りを見回してから視線を男に戻すと、またもやこつ然と消えている。
周りの人々は至って普通で、男を見たのは名無しだけのようだった。


それは、洋服を買いあさるのを中断して、お昼ご飯を食べる為にオシャレなパスタ屋さんに入った時の事だった。
あの男を間近で見たが、凄く端正な顔をしていたことを思い出して、名無しはだらしない顔をしている。

その時、席からガラス越しに外を見上げた向かいのビルの屋上の手すりに、男が立っているのを名無しは見逃さなかった。

彼は一体何者なんだろう。あんな危ない所に立っていられるのだから、一般人とはかけ離れた人だと言うことは名無しにも分かる。
その前に、一人の男を、行く先々で見掛けるなんて、すごい偶然だ。
食い入るように目を凝らしていると、少し遠いから確実とは言えないが、彼と視線が交わる。
今度こそ目を離さないぞ、と思った時、注文したパスタをウエイトレスが運んで来たので、意識がそちらに向いてしまった。
ハッとした時にはもう既に遅く、やはり男は姿を消していた。


それは、買い物を全て終わらせ、三時の休憩でもしてから帰ろうと、優雅な雰囲気のカフェに入った時だった。
 

名無しは甘いものが食べたかったので、数多くあるケーキの中で何を選ぶべきかと、メニューをめくっている。
迷いに迷って、王道のショートケーキに決めた。いざ、店員を呼ぼうとメニューから顔を上げると、目の前の席になんとあの男が座って、赤い瞳でこちらを見ているではないか。

「き…!」

叫び声を上げようとすると、男の手が素早く伸び、名無しの口をふさいだ。
そしてもう一方の手で、唇の前に人差し指を当てた。
静かにしろ、というジェスチャーである。

名無しはひたすら首を縦に振り、男に従うことをアピールする。
すると、ふさいでいた手を退けてくれたので安堵した。

「殺さないで下さい!実験台も嫌です!後生ですから!!」
「ひどいめに遭わせるつもりはない」

手を合わせて拝み倒す名無しを安心させるため、男は微笑んでみせた。
その笑顔のあまりの美麗さに名無しは思わず赤面して、場は和んだ。

「さて、本題だが、名は?」
「…悪用しません?」
「勿論しない」
「名無しです」
「良い名だ。私はデュオロンと言う」
「はあ」
「名無し。私と働かないか?」
「へ?」

いくらなんでも唐突すぎるし、この流れで就職の話を切り出すなんてそれはない。
名無しは眉間に皺を寄せた。

「ずっと、私の行く先々で名無しは私の事を見ていた」
「違いますよ!私の行く先々であなたが…!」
「私は、そんな人間に出会ったことがない」
「いやそんなこと知りませんけども」
「君の洞察力、暗殺に活かしてみないか?」
「いや、いいです。私、正社員で働いてる所がありますし、暗殺とかってどうせサービス残業…え暗殺っ!?」
「資格等は一切いらない。残業代はちゃんとつけるし、タイムカードもある。基本的な事は私が直々に教えよう」
「いや、いいです本当に」
「拒否権はない。君が欲しいんだ、名無し。さあ行こう今すぐ行こう」
「ひぃ!おかあさーん!」

そのまま名無しとデュオロンは中国に飛び、飛賊の里で暗殺の稽古に明け暮れた。
度重なる偶然に運命を感じたら恋のチャンス、だなんて考えは甘かったが、ロマンスはこれからかも知れない。
 
 
 

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