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□【6】通勤途中、些細なことでケンカになった男性が職場に異動してきた人だった
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もうすぐ乗りたい電車が発車してしまう。まにあわない。名無しは息を切らして走っていた。
あと何分あるのかを確認する為に、ポケットから携帯を取り出した。
すると、時間を見る前に手から滑り落ちて、コンクリートのホームを物凄いいきおいでスライディングして行く!

「ああ!?」

携帯を追い掛けつつ、取ろうと屈むと、出した右足で蹴っ飛ばしてしまった。
更に勢いをつけて加速する携帯電話。スライド式なので、露出している画面はもう助からないだろう。
自分を恨みつつ、2メートルほど先まで飛んで行った携帯を見て少し涙が出た。
電車も携帯ももうダメだと思っていると、やっと静止した名無しの携帯を誰かが蹴飛ばした。

「なにぃ!?」
「あ」

見上げると、スーツ姿のサラリーマンだが、髪の毛がプラチナブロンドで、カチューシャをしている時点で普通ではない。

「ゴメンゴメン」
「あんたねぇ!ごめんで済んだら警察はいらないのわかる!?」

男が、駅のベンチの脚にぶつかった携帯を拾い上げ、差し出してもう一度軽く「ごめんネ」と言った。

「あらら、傷だらけだネ」
「お前のせいだろうがキモヅラ!」
「ヒドいなぁ。せっかく拾ってあげたのに」
「自分で拾えるから拾って頂かなくても結構でした!携帯が汚れたわ!」
「朝から元気が良いね。日本の女性はオシトヤカだって聞いたヨ」
「うっせ!相手なんかしてられるか!」

そう捨て台詞を吐いて、名無しは電車の乗り場へ走った。

当然の如く、乗りたかった電車に間に合わなかったので次のを待つ事になったのだが、会社まで全力疾走して、早朝会議にはギリギリ滑り込みセーフで間に合うことが出来た。

「あー、もう最悪」

朝っぱらから汗まみれになったのも、携帯の画面に大きな縦線の傷が何本か入ったのも、私が悪いんじゃなくて、全部あの爬虫類みたいなツラをした男が悪いんだ。
会議が終わった後、そう結論付けながら、名無しは自身のデスクの椅子にだらしなく腰掛けた。

ぼんやりしている内に就業時間になり、朝礼が始まるので皆が立ち上がった。
課長が「おはようございます」と言うと、社員達がそれに続く。
 
「まず最初に…。今日、フランスの本社から遠路遥々、日本まで手伝いに来てくれました」

フランスなんて、えらく遠い所から来たんだな。左遷されたんじゃないのか。哀れな人だ。
そう思いながら名無しは気だるそうに顔を上げた。

「Bonjour.アッシュ・クリムゾンです。よろしくネ」

今朝の爬虫類野郎だ!
名無しは口を大きく開けて凍り付いた。
アッシュはそれに気付き、勝ち誇ったような顔で名無しに小さく手を振る。

「クリムゾン君には一年間、ここで頑張って貰います」
「お願いします」
「お願いしまーす!」

皆が笑顔で歓迎の拍手を送る中、名無しだけずっと、この世の終わりだと言いたげな顔をしていた。
朝礼が終わると、アッシュの周りに人集りが出来て、彼は質問攻めにあう。

「爪綺麗だね!」
「メルシー!お洒落は爪からだヨ」
「分からない事はなんでも聞いてくれよ」
「頼りにしてるね。そろそろごめん、みんなに挨拶したいんだ」

そう言って席を離れると、明らかに不機嫌な顔をしてアッシュ達を見つめていた名無しに近づく。

「同じ会社だったんだネ!ボク、びっくりしちゃったよ」
「早く仕事しろ。仕事」
「つれないなァ。仲良くしてよ」
「日本なんかに左遷された哀れなヤツとは仲良くできませええん!」
「お、て、つ、だ、い、に来たから左遷はされてませええん。サ、社内を案内して!」
「やだね!第一、課長にアンタを任された訳じゃないから、そんな勝手は許されな…」
「ボク、本社では結構な立ち位置だから、日本支社の社長よりも偉いんですうー」
「な!?」

名無しの腕を取り、アッシュは嬉々として部屋を出た。
最初の印象は最悪だったが、徐々に惹かれ合うようになる…かは、まだ誰にも分からない事である。
 
 
 

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