series
□【5】マンションの隣の部屋に素敵な男性が引っ越してくる
1ページ/1ページ
少しだけ古いが、洋風で割とお洒落で家賃も中々安いMOWハイツで、大学生の名無しは一人暮らしをしている。
入学の少し前からそうしているので、一年以上経った今、もう慣れたものだった。
大学からアパートに戻り、階段を上がろうとすると管理人の杉野が彼女に声を掛けた。
「名無しちゃん、おかえり」
「ただいまー」
杉野とは同年代で仲が良く、互いの部屋を行き来することもある。
「来週、良い男が名無しちゃんの隣の部屋に入るよ」
「本当?期待しとこうかなー」
「爽やかな子だったよ。彼女もいないらしいし」
「そこまで聞いたの?やるねえ!」
「彼氏いない歴が長い名無しちゃんの為だよ」
「うるさい!」
談笑も程々に、杉野と別れて部屋に戻った。
晩御飯を食べ、くつろぎながら、越してくる美男子であろう隣人に思いを馳せた。
一週間後の朝、大学へ行く前にインターフォンが鳴った。
「はーい」
こんな朝っぱらから誰だろうとドアを開けると、顔の良い青年が立っている。
「おはようございます。朝からすみません」
「いえ…」
「隣に越して来ました。キム・ジェイフンと申します」
「あ、名字無し名無しです。よろしくお願いします」
「これ、つまらないものですが」
「ありがとうございます」
青年が差し出したのは乾麺の蕎麦だった。
杉野が言った通りの美男子で、名無しはドキドキしながら蕎麦を受け取る。
「では、失礼します」
「はい…」
去り際の爽やかなジェイフンの笑顔が腰に来て、名無しは立っていられなくなり、玄関に座り込んだ。
あまりにも名無しのハートにドストライクした為、暫く放心していた。
いかんいかんと正気に戻って学校へ行く準備をして、部屋を出てポケットから鍵を取り出すと、隣の彼も同じように鍵を締めている所だった。
気付いたジェイフンが名無しに声を掛けた。
「今からお出掛けですか?」
「あ、はい、大学へ」
「…大学何年生ですか?」
「二年ですけど…」
「でしたら同い年ですね!僕も二年なんです」
「そうなんですか!?じゃあ、大学は…?」
「江大です。江坂大学」
「え!?」
名無しは危うく鍵を落としそうになるほど衝撃を受けた。
何故なら、江坂大学には名無しも通っている、よく知った学校だからだ。
「どうかしましたか?」
「あ…私も、です。江大」
「え?そんな偶然…」
互いに目を丸くして見つめ合った。
同じ大学にこんな人が居たなんて、何で今の今まで気付かなかったのだろうと、二人共、一緒の事を考えた。
「あの、良ければ一緒に行きませんか?名無しさん」
「は、はい。お願いします」
頬を染めて、連れ立って歩く。
会話はジェイフンが話題を出してくれるので楽しく話せたが、名無しはジェイフンの顔をまともに見ることが出来ない。
見た目通り、彼はとても優しかった。
電車の中では名無しの為にスペースを作ってあげたり、車道側は歩かせないようにしたりと、とても女性の扱いが上手いような気がして、慣れているんだろうなと推測する。
出会って数時間なのに、まるで恋人に嫉妬しているかのように名無しの胸は痛んだ。
「名無しさん」
「はい…?」
「良ければ夜、一緒に夕飯でもどうですか?」
「え?」
先ほどまでテレビの話をしていたので、あまりにも突然の誘いで、聞き間違えたのだろうかと名無しは一瞬自分の耳を疑った。
「あの、僕、チゲが得意なんです。まだ寒いですから、どうかなって。その、部屋も隣ですし」
「…迷惑とかじゃないですか?彼女、とかいらっしゃると思いますし」
「いえ!そんな!いません!」
「そ、そうなんですか」
「はい、だから、遠慮なく。勿論、名無しさんが良ければですけども」
「…お邪魔させて頂きます」
「良かった!じゃあ、一緒にスーパー寄ってから帰りましょう。待ってます」
輝かしい満面の笑みを向けられて、名無しの手足が震えた。
夕飯の約束をしてしまってから、ご飯を作るのは女の私の方が良いのではないかとか、彼の部屋で何かやらかしてしまわないか、悶々と頭を悩ませた。
しかし何よりも心配なのは、ジェイフンは爽やかなのに甘美な毒のようで、自分の心も体も、耐えられるのかどうか、だった。