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□【2】図書館で偶然同じ本を手に取ろうとする
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日曜日の午後、名無しはお昼ご飯を食べてからすぐに自転車に乗って図書館に来た。
名無しは本が好きな為、推理小説からファンタジーまでジャンル問わず読む。

今日は、昔読んだ本を久しぶりに読み返したいと思い、図書館にやって来た。

館内に入ると少し涼しいくらいで、自転車を漕いだせいで汗ばんでいる名無しにとっては嬉しかった。
図書館独特の匂いがして、ワクワクした。
名無しは迷わず、神話のコーナーへと進む。

小学生の頃、学校の図書室で見つけた神話の本。借りて帰って、古代の荒ぶる神々に思いを馳せ、寝るのも忘れて夢中で読んだ。

数々の本の中から昔読んだ本を見付け、取ろうと手を伸ばした。

「あ」

名無しの手に、横から同じ本を取ろうと伸びて来た手が触れた。
ビックリして見ると、同い年くらいの美青年だった。また彼も目を見開いてこちらを見ている。

「ごめんなさい!」

先に手を引いたのは名無しだった。

「いえ、あなたがどうぞ」

「あ、私は昔読んだので大丈夫です」

「僕も昔読みましたから、あなたが」

青年は、棚から本を取って名無しに渡した。
それを戸惑いつつも受け取り、互いに視線を合わせて照れ笑いをした。

「すぐに返却しますから」

「ゆっくり読んで下さい。それ、面白いですから」

「有り難う御座います。やっぱり神話は、ギリシャより北欧ですよね」

「…あなたとは趣味が合いそうです」

「本当ですか?」

「ええ。休日はよくここに居るので。良ければ声を掛けてやって下さい」

「…はい!」


名無しは満面の笑みで自転車を漕いだ。
名前を聞き忘れた事だけが悔やまれるが、格好良くて趣味も合うであろう人と知り合ってしまった。
家に着いてから、借りた北欧神話の本をめくりつつ、来週も必ず図書館へ行こうと心に決めた。


翌週、決心した通り名無しは同じ図書館に来ていた。
窓際の隅の席に座って本を読んでいると、向かいの椅子を誰かが引いた。
顔を上げると、先週会った青年だった。

「あ…」

「こんにちは」

「こ、こんにちは」
 
青年ににっこりと微笑まれて、名無しは思わず頬を赤らめた。

「2、3日前に本、返しました。譲って頂いて有り難う御座いました」

「早かったんですね。早速借りて行きます」

「そうして下さい」

青年は椅子に腰を下ろし、名無しの読んでいる本を遠慮がちに覗く。

「何を読んでいるんですか?」

「幸福論です。ショーペンハウアーの」

「ショーペンハウアーとは崇高ですね」

「いえ、そんなこと…」

「あなたみたいな女性は貴重です」

「えへへ。照れます」

頭を掻いて恥じらう名無しに、青年は思わず口元が緩んだ。

「…申し遅れましたが、僕は西園寺貴人と言います」

「あ、名字無し名無しです」

「名無しさんが良ければまた、会えませんか?」

「…こちらこそ、よろしくお願いします。西園寺さん」

頭を下げ、気恥ずかしくてそのまま本に視線を移した。
指先が震えてページがめくれない。本の内容なんて、頭に入る訳がなかった。

有り難う。ショーペンハウアーの幸福論。 
 
 

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