SNK

□不法侵入
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もう深夜の一時を過ぎていて、終電はとうに無い。タクシー代を払えるような大金は持ち合わせていないし、家に帰っても無い。残る交通手段は勿論徒歩だ。
こんな時間まで残業をさせてくれた会社の上司を恨みつつ、帰路を急いだ。

「暗いな。ここら辺暗いなあ!明日は休みだし何しようかな。一日中寝るって言うのも捨て難い」

端から見たら独り言を呟いている変人だが、何か言葉を発していなければ怖い。
民家からも街からも離れ、少しの街灯だけが頼り。黙っていれば響くのは自分の足音だけで、もう一つ足音が増えたら間違い無く失神するだろう。

危ない人が出て来ない事を心の中で祈ったその時、何かにつまづいた。

「おわっ!危ないな…」

体勢を持ち直し、足を引っ掛けた所を見る為に後ろを向くと、いつの間にやら見知らぬ男が立っている。

「あああああ!?」

考えるよりも先に体が動き、すぐさま逃げようとした。だがしかし、その男に腕を掴まれて引き寄せられる。振り解こうにも力が足りない。殺される。

「な、何!?あんた何!誰か!誰かあああ!!」

突然出した大声に驚いたのか、一瞬腕が離された。そのわずかな隙を突き、無我夢中で走った。
どれ程走っただろう。気付けば自分のマンションの前まで来ていた。急いで中に入り、鍵を閉めてその場にへたり込む。
肩で息をしながら気を落ち着け、グラスに注いだ水を一気に飲み干す。

そうしている内に、随分と余裕が出来た。
一体、あれは何だったのだろう。身長は高くて、顔は赤い髪が垂れていてよく見えなかったような気がする。こんな風に。

「そうそう。こんな風に……」

目の前にある、赤く垂れた髪。
これは見たやつだ。ついさっきに。

「な、何で!?鍵かけた!」
「窓が開いていたぞ…」
「ああ。窓か……じゃなくて!」
「クク…」

勝手に上がり込んで笑っている男を見ながら、ひたすら脳みそを回転させた。何故ここに居るのだろう。付いて来ていたのか。とりあえず、追い出さなくてはいけない。

「で、出てけ」
「お前、名前は」
「いやいや、出てけ!」
「名前は」
「……名無しですけど」
「名無し」

また、瞬く間に腕を引かれた。
当然体は引かれた方に動く。倒れ込んだそこが何処なのかわかのに、そう時間は掛からなかった。

「え」
「名無し」
「ちょ、ちょっと。何考えてるんですか。出てけ!出てけー!離せ!」
「クククククク」
「ああもう嫌だこんな人嫌だ!」

それから一悶着あり(一方的に私が殴ったりして)彼の名前はフリーマンと言うらしい事がわかった。
何をしている人なのかはわからなかった。もしかしたら浮浪者かも知れない。
そのフリーマンは現在、私の隣に座っている。

「出てってくれませんか」
「気に入った」
「他の人の家に行ってよ!」
「名無しが気に入った」
「何で!」
「…クク」
「怖い…怖いよ…」
「怖くない。お前は特別に召さないでおいてやろう」
「な、何。召すって」

不意にフリーマンの手が伸びてきて、とっさに身構えた。また抱き締められるかも、と思ったが、しなやかな手は私の頭の上へと案外優しく触れた。
少しびっくりして顔を見るが、相も変わらず長い髪で見えそうにない。だが、雰囲気は柔らかくて、気分が安らぐ。
こんな得体も知れない人が傍にいるのに。

「フリーマン…さん」
「名無し」

呼ばれたと同時に顔がゆっくりと近付いて来た。揺れた赤い髪の間から唇が見える。 
これは、キスされるのだろうか。いやいや。まだ付き合っていない。出会ってすぐにキスだなんて私は嫌だ。嫌だ。

「無理!無理!そんなの絶対無理。会って一日も経ってないし!」
「何日経てば良い」
「何日とか言う前に付き合ってないでしょう」
「付き合おう」
「…………絶対無理」

私が何と言おうとこの家から出て行かないような気がする。まあ、それもちょっと楽しいかも、と思った。

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