KOF

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長く付き合って居ると、新鮮さが失われるのだろうか。
俗に言うマンネリ化とやらで、相手の事を何とも思わなくなったりするものなのか。
俺自身にそう言う感情は無いが、名無しはそう思っているのかも知れない。
最初の頃は頻繁にとっていた連絡も、今では次第に無くなり始めてる。
ポケットに入っている携帯を取り出して開くが、2日前に送ったメールの返事は今も無い。

「何なんだよ、クソ」

ビールを一気にあおり、乱暴にソファに寝転がる。
空になった缶を容易く握り潰し、ゴミ箱へと投げた。
放物線を描き、惜しくも縁へ当たって虚しく床へと落ちる。
苛立ちは一層高まり、限界寸前まで達していた。

「他に男でも出来たのかよ…」

誰かを殴りに外に出たいが、出掛けた先で名無しと男の逢い引きでも見てしまったら、絶対に相手の男を殴り殺してしまいそうだ。
いつの間にやら、そんな考えしか出来なくなっている俺自身に心底愛想を尽かす。
女一人の事くらい放っておけば良いだろう。前ならこんな考えも出来た筈だ。
しかし今は、そうは行かないらしい。

それだけ名無しの事を好きだって訳だ。

溜め息を吐いて目を閉じるが、寝たいのに寝れそうにもない。
頭に浮かぶのは名無しの顔ばかりで、俺だって、普通の日ならこんなに苛つかないはず。

今日が何の日かぐらい思い出してくれよ。俺の誕生日くらい。
本当、こんな女々しい感情を抱くなんて馬鹿げていると思うけど、特別な日くらい、誰だって好きな人と過ごしたいものだろう。

携帯を開き表示される時計を見れば、もう夜の7時を過ぎている。
仕事で忙しい彼女は来る筈がないし、もう俺に興味が無いかも知れない。
ぐずぐずとしていたが、流石に諦めろよと自分を応援して、何か飯でも食べに行こうと思い家を出た。

暗闇の中、前方から小柄な女が歩いてくるのに気が付く。
ずっと待っていた顔だと判るのにそう時間は掛からなかった。

「………名無し」
「シェン!どこかに行くの?」
「あ、いや。お前、は?」
「シェンに会いに来たんだけど、だめだった?」
「だめな訳、無いだろ」

格好悪いくらいに言葉が途切れてしまう。
久しぶりに会ったんだ。緊張するに決まってんだろ。

「じゃあ、シェンの家行こ!ご飯もう食べた?まだなら私が作るけど」
「………」
「シェン?どうしたの」
「あ、いや、何でもない」

名無しは、惚けている俺の手を引いて歩き出した。

「……汚い…」

家に着くなり、名無しは顔をしかめた。
部屋は荒れ放題で、酒の空き瓶やらがあちこちに散らばっている。
こんな事なら片付けとくんだったと、後悔は先に立たない。

「ビールの缶ばっかり。体壊すよ?」
「わかってる」

話は手短に二人で一緒にゴミを拾い集めてゴミ袋に入れる。
これだけでも、俺は十分幸せかも知れない。

「そう言えば、久しぶりだね。会うの」
「お、おう」

缶を片手に持ち、名無しが俺の前にしゃがんだ。
顔が熱くなるのを感じて目線をそらす。

「お前、良いのかよ。こんなとこ来て」
「何で?」
「その、さ…。仕事とか、他に男が…」
「男?」

他に男がいるのか、って聞いて、はい居ますなんて言われたら終わりだが、気になって気になって聞かない訳には行かない。

「メール。返事無かったし、他に男出来たんじゃねえのかよ」

努めて気丈に言ってみるが、なんだか足がガクガクしている。

「何言ってんの!」

彼女は可笑しそうに笑いながら俺の頭を撫でた。
そう言えばもう何日も、髪の毛をワックスで固めていないことを思い出す。
髪がより乱れてしまう事を気にしつつ、名無しの手をそっと退けた。

「寂しかった?」
「そんな訳ねえだろ」
「本当に?」
「………浮気、されたと思ってた」
「ばかだね。私はシェンが大好きだよ」

真っ白な頬に温かい血の色が程良く差していて、唇の色は赤い。
黒い目には俺の顔が写っている。

「俺も、好きだ」

吸い寄せられるようにキスをして、抱きしめる。
安心からか体が小刻みに震えた。

「名無し…」
「ん?」
「何しても返事ねえし、もう、終わりかと思った」
「ごめんね。忙しかったから…」

力一杯抱き締めて名無しの柔らかい髪に顔を埋める
漂う甘い匂いは、気が遠くなる位幸せな気分にさせた。
腕を緩めて、心地良い感触を確かめるように何度も口付ける。
今まで会えなかった分、何もかもが沢山溢れて、こんな時に気の利いた言葉の一つも、俺の頭には浮かばない。

「シェン」
「あ?」
「誕生日おめでとう」
「忘れてるかと思った……」

突然言われた、ずっと欲しかった言葉に、思わず少し涙ぐんでしまう。

「忘れる訳無いでしょ?この日の為にずっと頑張ってきたんだから」

名無しは近くにある鞄を引き寄せ、中から綺麗に包装された袋を取り出し、俺に手渡す。

「開けてみて!」

言われた通りにリボンを解くと、中から黒の毛糸で編んだマフラーが出て来た。

「手編みか?これ」
「うん!ベタだけど、これから寒くなるしね」
「………嬉しい」
「あとこれ、腹巻き!シェンはいっつもボタン全開だから、お腹壊さないようにね」

腹巻きはさて置き、マフラーを首に巻くと「似合うね」と名無しは笑った。

「仕事帰って来てから編んでたら、中々時間取れなくて。そのまま寝ちゃったりしてたし」
「そうだったのか…ごめんな」
「ううん。今日もね、ケーキ作ってきたんだ!ご飯食べてから一緒に食べよ」
「…ああ。名無し、愛してる」

名無しがこんなに俺の事を想ってくれていたのに、あんな風に考えてた自分が、今は恥ずかしい。
今年の9月10日はもう、幸せな気持ちでは過ごせないと思っていた。
けれど今は愛する名無しが傍に居る。
忘れられない、幸せな一日になった。

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