KOF

□人助け
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「早く金出さねえと、可愛い顔に傷がついちまうぜ?」
「いや、でも、お金を取られると困るんですよね、私」

一人で上海観光に来た名無しは、五分程前から胡散臭い二人の男に囲まれ、ナイフを突き付けられている。
金を出せと脅されているのだが、金が無くなると日本に帰れなくなってしまうから困る。
クレジットカードも持っていないし、今まで海外を旅行しても金を出せとは言われた事が無いので、金を差し出したとしても、その後の対処方法を知らない。
なので大人しく差し出す事も出来ないのだ。

「強情なアマだなぁ!喉かっさばいて身ぐるみ剥がしても良いんだぜ!?」
「…そう言われましても」

一人の男がナイフで名無しの頬を軽く叩くと、触れる冷たい刃が一層に恐怖心を煽る。

「指でも寸刻みにしてやれば金渡すんじゃねぇの?」
「名案だな!先ずは小指から行くか?」
「ちょっと!止めて下さい!」

男はニタニタと笑いながら名無しの小指を持ち上げ、ナイフをあてがう。
小指が無い女なんて、世間からは後ろ指をさされてしまう事請け合いで、もうダメだと、金を出す覚悟を決めなければならない。

「止めて下さい、お金なら出しますから!」
「ンな必要ねえよ」
「…え?」

突如聞こえた第三者の声に驚き後ろを振り向くと、身長190cm近くはありそうな大柄な男が立っている。

「あ、お…お前は、シェン・ウー…」

その大柄な男の正体に気付いたらしい一人の男は、叫びながら顔面蒼白で逃げ出した。

「女一人にナイフ出すなんて度胸がねぇんだな」
「なんだとォ!?」

それまで名無しにナイフを突き付けていた男は、武器を振りかざしてシェンと呼ばれた男に真っ正面から突っ込む。
しかし、前蹴りを入れられあっさりと倒れた。

「チッ…弱ぇな」
「あの、有難う御座います。助かりました」

悪態を吐くシェンに近寄り、名無しはペコペコと何度も深々と頭を下げた。

「あ、ああ…」

誰かを助けるのも礼を言われるのも久しぶりで、少々戸惑う。

「それにしてもお前、変な女だな。普通の女なら泣いて逃げるぜ」
「お金無くなると本当に困る所だったんです。泣いて逃げても走るの遅いので、どうせ捕まるだろうなって思いまして」
「そりゃ賢明な判断だな」
「あ、お礼と言ってはなんですが、今から上海蟹食べに行くんですけど、一緒にどうです?」
「…お前、本当に変な女だな」

彼の顔を知っている者も知らない者も避けて通る。
たまにする人助けでも、礼を言わずに脱兎の如く逃げ出されるのが当たり前だった。
動じる事もなく、あまつさえ一緒に食事をしようと提案する名無しに、シェンは興味を抱く。
上海蟹につられた、と言うのも少なからずあったが。

「蟹、食いに行くか」
「はい!」
「お前、名前は?」
「名無しです」
「名無し、な」

シェンは歯を見せて笑い、大股で歩き出す。
名無しもその後を小走りで追った。

「名無し。連絡先教えろよ」

少し振り返って言ったシェンの顔は、少し赤く染まっているように見えた。

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