series2
□いでていなば
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「あの、三太子...」
「どうした?」
いつも元気な飛賊の娘名無しは、デュオロンの前でいつになくしょんぼりとした顔をしている。
飛賊という暗い商売の中にいるにも関わらず、明るく楽しくをモットーとしている名無しなので、デュオロンは心配になって彼女の髪を撫でてやった。
「三太子、ごめんなさい」
「?」
普段は冷静な彼も、唐突に謝る名無しに困惑しきってしまう。
「どうしたんだ。何も謝る事なんて無いだろう?」
ぽんぽんと優しく頭を叩くと、名無しは大粒の涙をボロボロと溢れさせた。
デュオロンは驚いて、彼女の頭を自身の胸に持ってゆく。
じんわりと、服の上に冷たい涙が広がって行くのを感じた。
「わ、私、三太子にご迷惑をおかけしてばっかりで」
「そんな事ない。名無しはよく頑張っている」
しゃくりあげながら話す名無しの背中をさすってやるが、一向に収まる気配がなくて戸惑う。
「三太子...今までありがとうございました...」
鼻を啜りながら途切れ途切れに言った。
デュオロンはそれがどういう意味か分からなくて眉をひそめたが、いい意味では無さそうだと言う事は分かった。
名無しを腕の中から引き剥がして顔を見ると、目と鼻を真っ赤にしている。
「何故そんな事を言う?」
「私、いつまで経っても暗殺が上手くならないので...お見合いをさせるって」
それは実質、戦力外通告である。
飛賊に居ながらも鈍臭い、与えられた暗殺任務を一回も成功させた事の無い、致命的な名無しの厄介払いをする為に見合いに出され、見合いに出されるということは、こちらの否応無しに結婚させられるということだ。
「本当に、お世話になりました」
深々と頭を下げると、ぼたぼたと涙が地面に落ちて跡を作る。
「名無し。そんな事は、俺がさせない」
「え...?」
顔を上げると、デュオロンは優しく微笑んではいるが、真剣な眼差しを名無しに向けていた。
名無しはぽかんと口を開けて黙り込む。
「見合いになんて出さない。俺が名無しの面倒を見る」
「そ、そんな、いけません!三太子にご迷惑をかけてしまいます!」
「迷惑じゃない。俺は最初から名無しが好きだったよ」
あまりに急な展開に、泣き腫らした目を大きく見開いて頬を紅潮させた。
デュオロンは口角を上げて彼女をもう一度抱きしめる。
それから耳元で囁くのだ。
「俺と一緒になる気はあるか?」
脳を溶かしてしまうような低く穏やかな声が全身をぞくぞくさせる。
返事をする代わりにぎゅっと背中に手を回して距離を無くせば、デュオロンのいい香りにくらくらした。
「名無し」
名前を呼ばれたので見上げれば端正な顔がゆっくり近づいて来て、見とれている間に唇を奪われた。
どちらにとっても思いがけない発展であったが、遅かれ早かれこうなっていただろう。
名無し自ら離れていくならまだ別れるのも難しくないが、出て行かされてしまうなら話は別だ。
デュオロンはずっと、名無しの明るさをかけがえのないものだと感じていたのだった。