series2

□1.羽交い締めにされる
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いつの間にか友人になって、いくらか経つアッシュ・クリムゾンから連絡があった。
いつもは用事があるとカフェに呼び出されるのに、何故かその日は名無しの家の近所の大きな公園に呼び出された。
しかもご丁寧に「動きやすい服装をして来てネ」という指定付きで。
名無しは何故だろうと思ったが、急にキャッチボールかバトミントンでもしたくなったのかな。よくあるよね。
という安直な考えに至ったので、深く追求せずにいた。
半袖のTシャツにジーンズで十分だろう。着替えて、名無しは家から公園まで歩いた。

「名無しー!こっちー!」

公園の入り口から少し入った所に立っていたアッシュが、手を左右に大きく振って呼ぶ。
その横には腕組みをしたシェン・ウーもいた。

「あれ?シェンも一緒?」
「わりぃのかよ」

駆け寄ってきた名無しの頭を軽く拳で小突いて、シェンはいたずらっぽく笑う。
アッシュは名無しを頭の先からつま先まで何往復か見て、ポケットから何の飾りも付いていない黒のヘアゴムを取り出した。

「名無し、髪は結んで来なきゃダメだヨ?」
「え?そうだったの?」

慣れた手つきで名無しの髪を梳いて、わりと高い位置で一つに纏めた。

「アッシュ、ありがとう」
「いーえ!あと、ジーンズはないヨ。動きやすい服装でって言ったでショ?」
「でもこれ伸びる生地だから大丈夫」
「ふーん。ならいいケド」

ただ遊ぶだけなのに、何故こんなにも文句を言われないといけないのだろう。
ここでちゃんと聞けば良かったのに、こいつらは口うるさいからなと簡単に許してしまったのだ。

その瞬間、アッシュとシェンが極悪なツラでニヤリと笑った。

嫌な予感がして不審に思うと、瞬く間にシェンに後ろから羽交い締めにされ、正面にアッシュが回り込み、名無しの肩を掴んだ。

「な、なに!?」
「名無し、落ち着いてよく聞けよ」
「ボクたち、すっごく困ってるんだよネ」

そうは言うものの、然程困っているような顔はしていない。

「デュオロンがドラフト会議で一位指名っていうの?取られちゃったんだよネ」
「はぁ?」
「シェンと名無しとボクは気の合うお友達でしょ?そうじゃないとチームプレイは上手く行かないよネ〜」
「な、何が言いたいの?」
「まぁつまりはだな」
「KOFに出て欲しいナ!ってコト」

ウィンクをされたけど、そんなもので許されるような状況ではない。
KOFとは世界規模の格闘大会である。去年、彼らを応援する為に見に行った事があるので、どんなものなのか名無しは十二分に承知している。
数秒遅れて、アッシュの言葉の意味をようやく理解した名無しの絶叫が響く。


「はぁーーー!?!?!?」


今は土曜日の昼間。休日を楽しむ周りの親子連れが一斉にこちらを見たが、シェンの睨みにすぐさま顔を逸らす。

「名無しが出てくれないと、ボクたち出場できないんだヨ〜。デュオロンと名無し以外に友達いないしサ」
「馬鹿野郎!欲望丸出しのツラしやがって!出てやんねーよバーーカ!離せ脳筋!!」
「あ、やっぱり?そんなコト言っちゃう?」

先程までとは打って変わって悪態をつきだす名無し。それを見て、アッシュは矯正器具のついた歯を見せてニカッと笑った。
それからポケットをまさぐって、小さく折り畳まれた紙を取り出し、名無しの目の前に広げる。

「コレ、なーんだ?」

目を凝らして見ると、そこにはアッシュ、シェン、名無しの顔写真の横にそれぞれの名前と簡単なプロフィールが書いてあり、一番下には「このチームはTHE KING OF FIGHTHERS出場決定致しました」と書かれている。

「なにこれ...」
「すまん名無し。勝手に登録した」
「ハンコは100均のやつで通ったヨ」

全身の力と血の気が引いていくが、シェンに羽交い締めにされているので、へたり込むこともできない。
名無しはガクガクと怒りで小刻みに震えた。

「これ私の写真プリクラじゃねーか!」
「この前ボクと撮ったヤツだヨ!これが一番可愛かったから使った」
「あったりまえだろ!今時のプリクラなめんじゃねーぞ!こんな適当な書類でよく通ったな!」
「名無しの名前はシェンが書いたからめっちゃ汚かったけど、普通に受け止って貰えたヨ」
「漢字なら任せとけ!」

書類審査のあまりにもズボラな実態に、名無しの怒りの矛先は大会運営にも向いた。
しかしあまりにも腹が立ち過ぎて、一周回ってなんだか気分が落ち着いてくる。
頭も冷えて、一寸だけでも冷静になれた。

「あのね、私は格闘技はおろか人生の中で殴り合いの喧嘩もした事ないの。それはそれは真面目で心優しく大人しい大和撫子なんだよ?」
「どこがだよ...」
「黙れ」

シェンのガラ空きの脇腹に一発お見舞いしてやると、小さく唸ってうずくまった。それを見るとアッシュは嬉しそうな顔をする。

「うーんやっぱり素質あるネ!これなら安心だヨ!」
「もう何言っても通じないからデュオロン呼んで!デュオロンが一番優しくて話が通じる!」
「だから、デュオロンは引き抜かれて行ったから無理なんだってば。もう諦めてヨ」
「やだーー!!!!」
「ボク達去年優勝してるから、地方予選無しで進めるし」
「無理ーー!!!!」

シェンが動けない内に逃げようとすると、アッシュに足を払われて芝生に倒れ込む。
それから背中にのし掛かられて、全く動けなくなった。

「名無し。もう分かってると思うケド、その服装で来て貰ったのは今日から特訓するからだヨ」
「特訓!?」
「何が起きるか分からないから、少しくらいは戦えるようになっておかないと。今日から毎日、シェンとボクとで頑張ろう!」
「厳しく行くからな」
「..........」

自らの運命と不運を受け入れ、もうどうにでもなれと思う他なかった。
その後、日本晴れの青空の下、沢山の家族連れに見守られながら受け身と緊急回避を叩き込まれた。

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