小説

□忘れないで
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「…じゃあ、また明日」







一緒に帰っていた神尾に、

曲がり角で別れを告げた。















もう辺りは暗くなってきていて、

頼りに出来るのは
所々に立っている街灯だけ。










(…早く、帰らなきゃ)








このままでは真っ暗になってしまう、と

足を速める。

















…そしてまた、

曲がり角を曲がろうとしたときだった。










『うわっ』










同じく

曲がり角を曲がってきた誰かに
ぶつかりそうになり、






お互い声をあげた。















ぷつぷつと、

途切れながら光る街灯が、
俺達を照らす。
















「…越前、君」







「…伊武さん」














暫く沈黙が続く。













一、二度テニスで試合をしたことがあったが、

それだけで、






他には何も接点が無い相手に、



お互い何を話して良いのか分からない。
























そんな沈黙を破ったのは、



珍しくも俺だった。
















「…目、もう大丈夫なの?」










一度目の試合をしたときに、
俺の技が原因で

越前が瞼を切ったことがある。











流石にもうその試合から大分経つので、



そんなに深くなかった傷はもう
癒えているだろう、













…ということは分かっていたが、



俺は何故かそれを口にしていた。















その答えが見えている質問に
越前は戸惑ったようだが、






すぐにあの生意気な顔になり、








「…別に。


大したことなかったんで、
傷も残ってないッスよ」










と、皮肉を込めた。















(…やっぱり、)















俺はその生意気な顔を、

顎を掴んでこちらを向かせた。












「…伊武、さん…?」












俺のいきなりの行動に、


何をされるのか、

と越前は怯えているようだ。


















俺は顎を掴んだ手ではない、

もう一つの手を越前の右目に伸ばした。











何をされるのか分からない越前は、






目を守るために



ぎゅ、



と目を瞑る。




















その瞼には、















俺の痕は何も残されていなかった。























(痕が残っていたら)














(遠い未来でも、





君は俺を

思い出してくれるかもしれないのに)




























(何も、無い)




































忘れないで


















忘れないで























俺の報われない恋の痕を
















遠い未来で和らげてよ



























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