小説もどき

□雨の日に
2ページ/5ページ

「…、あれ」

一護は思わず歩みを止めた。
目的地に着く為に曲がらなければならない角がすぐ先にある。今、その角を曲がってきた者がいたのだ。
この雨に傘を差していない。
馬鹿なんじゃないだろうか。
そしてその馬鹿は、やはりというべきか、
一護に気付いて軽く走っていた足を止める。
「なんだ来てたのかよ」
剣八だった。傘は無駄になった。
「…何やってんだこの馬鹿野郎!あーもう、綺麗にびしょ濡れじゃん!」
「大した事じゃねぇ」
立っていたらしいいつもの髪型は跡形もなく、着物もたっぷり水を吸い込んで重そうだ。
何か足りない。十一番隊隊長として大切な物。そしてもうひとつ。
一護はとにかく近くの軒下へ、剣八の腕を引っ張る。
傘は閉じて立て掛けておく。
「やちるは一緒じゃないのか?」
背中にもいる筈の少女がいないのだった。一護が問うと、剣八の視線が落ち、ここだと言う。その視線をたどると、彼の懐に大事そうに収まった、丸められた隊首羽織。
「向こうで寝ちまったから」
「………。時間経ったら濡れるだろ」
いくらやちるがその中に包まさっていても。
少し非難を込めて見ると、剣八は居心地悪そうに眉間に皺を寄せた。
「…途中で降ってきやがったんだよ。走れば隊舎までは保つ」
「あんたはそんなじゃねぇか。ったく、迎えに来んの待ってりゃいいのに」

「いいんだよ、そんな事は」

さらりと、
剣八は返した。
不意に弓親の呟きが甦る。
やちるがこの冷たい雨に濡れる心配は無いとは、
これなのだ。
更木剣八が草鹿やちるを雨に打たせない、と。

でも、と一護は思った。

そのために彼が濡れてしまっては、駄目なんじゃないか。それでは片手落ちだ。
以前、そんな風に妹に叱られた事が確かあった気がする。

一護は、ちょっとだけピンクが覗く剣八の懐を見つめる。

「…そんな事じゃ、ねぇよ」
「あ?」

怪訝そうな剣八を見上げ、言った。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ