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□赤い椿
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俺には、同性の恋人がいた。
名前は高杉晋助。どちらから告白した訳でもなく、自然に惹かれ合って、今は同棲している。
「ただいま、」
一緒に住んでいるマンションの部屋のドアを開けた。
リビングに彼はいない。彼は大概は寝室にいる。
はぁ、と溜め息をついた。彼には"悪い癖"がある。
寝室に行こうと思ったが、彼の方から出てきた。
「おかえり、十四郎。」
晋助の腕からは血が滴り落ちていた。
「また、やったのか」
彼には自傷癖があった。
辛い事が有るのなら、自分に寄りかかって欲しいのだがプライドの高い彼は、自分でどうにかしようとする。
彼に言わせれば、自分が生きているのがわからなくて、血が流れているのを見ると安心するらしい。
「手当てするから、腕見せて。」
テーブルの上にあった救急箱から消毒液とガーゼを取り出す。
新しく出来た傷と古い傷跡が痛々しい。
「ごめん、」
彼の口から謝罪の言葉が漏れた。
この行為を止めた事は付き合い始めてから何回もある。
その度にもうするなよ、と約束するのだが、彼はなかなか止めてくれない。
「そう思うなら、もうするなよ」
お決まりの台詞。手当てしながら毎回のように言っている台詞だ。
「分からない」
これもいつも決まっている答え。彼自身、不安になり気が付けば自傷しているという状況なんだろう。
「さ、夕食にするか。腹減っただろ?」
冷蔵庫を開け、今日のメニューを組み立てる。人参と玉ねぎもあるしクリームシチューにするか、と今日の夕食が決定した。
「要らない」
晋助はそう言った。彼は朝から何も口にしていない。その証拠に今日作った朝食がそのまま放置されていた。
「今日何も食べてないんだろ?体に悪ィし、夕食位食べろよ。クリームシチューだから、少しは食べられるだろ?」
「………………。」
返事がない晋助に溜め息をついた後、調理を始めた。美味しく出来れば晋助も食べてくれるだろうと野菜を切り始めた。
「ー…出来た」
我ながら良く出来たと思う。鶏肉も柔らかいし、野菜にもしっかり火が通り、味が出ている筈だ。
皿に盛り付け、晋助の前に置いた。ちらりと横目で見たものの、ふいと視線を別の所にやってしまった。
「いただきます」
取り敢えず自分だけでも食べようとスプーンを手に取る。クリームシチューは口に入れると、鶏肉や野菜の旨味が広がった。
自分で作ったものなのだが、良く出来たと関心した。これで晋助も食べてくれて、談笑でも出来れば良いのだが、生憎リビングに流れ出ているのは気まずい沈黙だった。
食べ終わって、晋助の皿に目をやるも手を付けた形跡は無かった。
折角作ったんだけどなァ、と心で呟く。放っておいても食べてくれる気配はしないし下げてしまうか、と立ち上がった瞬間ガチャンと皿の割れる耳障りな音がした。
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