\zzz/

□絞首事件
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「はぁ…」




放課後の校舎の屋上。
当然誰もいない。




いつもはまっすぐ返るのだが。今日はなんとなく真っ直ぐ帰るような気分じゃなかった。


別に今日、取立て嫌な事とかがあったわけじゃない。
敢えて屋上に来た事に理由を付けるなら、

「ただ、何となく」だ。






西の空が茜色に染まり始めている。

もう少ししたらポツリポツリと家々に明かりが灯って、街頭にも光が灯るのだろう。





「今日も疲れた…」






いつも通りに一日をこなした筈なのに、今日は妙に疲れている。
日ごろの疲れが取れていないまま蓄積されていたのだろうか。
だとしたら、自分のことながら笑ってしまう。



もう一度、自嘲気味にため息を漏らした。



「よォ」


私以外誰もいない筈の屋上に、聞き覚えのある男の声がした。



のろのろとした動作で、声がした方を振り返る。


見覚えのある隻眼の男が、フェンスに凭れて煙草を吸っていた。



「何だ、高杉か」



支援を燻らせながら近づいてきて、私のすぐ横に寝そべった。


「何だとはヒデェ言い草じゃねェか」


『クク』っと喉で笑う。

その冷笑的な笑い方が好き。


一瞬でもそう思ってしまった照れ隠しに、私も高すぎのすぐ横に寝転がった。

そして、今日の議題を投げかける。



「ねぇ」


「あァ?」

「何で、私達って生きてるんだろうね」

「さァな。死んでねェからだろ。俺の知ったこっちゃねェ」


「私はね。森羅万象ありとあらゆるものには何かしらの理由があると思うの。
でも、人間が―…てゆーか私の生きてる理由が見つかんないんだよ」


「テメェの事もテメェでわかんねェのに、俺が知るわけねェだろ」




そう言って、灰から煙を吐き出した。





高杉は意外と律儀だ。




授業はサボるし、煙草は吸うし、そこかしこに喧嘩を売って歩くけど、話しかければ、何らかの反応をしてくれる。


途方も無く曖昧で抽象的な質問をsしても、自分の持論を披露してくれる時もある。


今だってそうだ。
サラっと言ったけど。『死んでないから生きてる』なんて、私一人じゃ考え付かなかった。まさに青天の霹靂だね。目からウロコだよ。

でも疑問が一つ解決されると、更なる疑問が出てきた。





「そもそもさぁ、私ってちゃんと生きれてるのかなぁ」


「ちゃんと生きれてる自信ねェのか?」

「てゆーか、これに関して明確な定義が無いじゃない?だからグレー。よくわかんない」


少し考えてから、高杉は言った。


「じゃあ、俺が確認してやる。目ェ瞑れ」


唐突な高杉からの提案。

私はその提案を飲む事にして、言われた通りにギュッと目を瞑った。




その瞬間、首に猛烈な圧迫感を感じた。
首を絞められているというよりは、親指に体重をかけ気道を押し付けられているような感じだ。

私の本能は『抵抗しろ』と警鐘を鳴らす。

でも一部では、このまま高杉に気道を塞がれて窒息死ってのもアリな気がしていたのも事実。

むしろそれが私にとって人生の幕を下ろす一番美しい方法なんじゃないかと、倒錯的な考えが脳裏をよぎる。


『こんな矛盾だらけの世界で生きていくことって、愚行だな』

『意味のないものは、要らないもの。捨てちゃえ』


骨が軋む。
息をしようとする度ヒュウヒュウ音がして、目がチカチカして、頭がクラクラする。

あぁ、これで終わるのかな。
短い様で長かった気もする数十年。

今日の夜ご飯、何だったんだろ?


意識が朦朧とし始めた時、何の前触れもなく首の圧迫感が消えた。


意識に反して灰が、脳が、酸素を取り込みむせ返った。






「大丈夫だ、テメェはちゃんと生きれてる」


私を半殺しにした張本人は、キッパリとそう断言した。


むせて涙目になりながらも、久々の酸素を味わう私は聞いた。


「なんで?」


高杉がニヤリと口角を上げて、新しい煙草に火を点けながら言う。



「テメェが今そうやって涙目になりながらも、息してるから

それって、ちゃんと生きれてるってことなんじゃねェの?」


「あー…なるほど、一理あるかもね」


何だか急におかしくなって、あはは、と笑ってみた。
もしかしたら私は本当におかしくなってしまったのかもしれない。



「それちょうだいよ」


「1箱で返すってェなら、やる」


律儀だけどケチくさい高杉にまた「あはは」と笑って、それでももらった1本に火を点けた。


ポツリポツリと灯り始めた家の明かりや街頭をぼんやりと眺めながら吸う煙草に、何だか全てを悟ったような気分になった。



「ねぇ高杉。私今なら飛べそうな気がする」



「やめとけ」


至極普通の返答をした高杉に「帰ろっか」と声をかけ、2人岐路についた。


星がチカチカ瞬いてる。
茜色だった街に、いつの間にか夜の帳が降りていた。


結局のところよくわからなかったけど、一つわかったような気がするのは、『酸欠で目の前がチカチカするのも、星が瞬いてチカチカするのも似たようなもんなんじゃないか』ってこと。




多分、そうなんだろう。
世界というものは。





複雑なようでいて、フタを開けてみれば全部単純なことで構成されていて。
余計な事まで考えてしまう、私のような人間が泥沼に嵌り、高杉のように単純に考えればどうってことは無い。


そんな気がした。









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高杉とかなら、うっかり力加減間違って本当に殺しそうだw


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