白黒羽扇


□黒が白に"染まる"とき・3
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「で、捕虜を返してほしいと申すか」

さすがに、人徳の君主と讃えられる劉備であっても、少し険しい表情を見せた。

無理もない。内政が落ち着き、次なる目標は国土の拡大と、先ずは蜀を攻撃している最中なのだ。その戦の中で捕らえられた武将を返してほしいとは、私からしても図々しい話だとは思う。しかし、そうせざるを得ない程、行う事業の幅広さに対して人手不足が深刻化していた。
普段は専ら城内での執務を執り行っている私が使者として駆り出されたのも、頼れる智将が全て軍を率いて出払っていたからだ。

そのような状況であっても、私が断ろうとしたのは…他でもない。蜀の地に足を踏み入れたくなかっただけだ。

蜀の地には、奴がいる。たとえ非公式に訪問したとしても、何事もなく帰してもらえるとは思えない。
それが、使者として君主に見えるとなれば、必然的に軍師である諸葛亮とも顔を合わせることになる。
そして、嫌なことに、それはここに実現してしまっている。

…頭が痛い。
とにかく、用事を済ませたら、早々に立ち去らねば。

深く頭を下げて劉備の判断を待ちながら、頭の中では帰る時のことばかり考え、策略を練った。

なおも渋い顔の劉備に、諸葛亮が何やら助言している気配がした。
場の空気が、わずかに緩む。

「わかった。今回は特別に解放してやろう。ただし、次はないと思え」

意外な劉備の答えに、拍子抜けする。
諸葛亮という男の一言は、これほどまでに影響力があるのか。…私も、このような存在になれるのだろうか。君主のみならず、一国を動かすほどの……
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

一通りの儀礼的な感謝の言葉を述べ、礼をして退室した。

扉が閉まる音でホッとするのと同時に、新たな緊張が生まれる。

連れてきた護衛の1人には自分と一緒に、残りの者には解放された捕虜と帰るよう指示した。念のため、その護衛の1人には私と同じ格好をさせた。

解放された捕虜を入れた本隊とはそのまま別れ、私と護衛1人は別の経路で帰ることにした。



何とか城の警護の目をすり抜け、何事もなく城下町に出たところで、一瞬気が緩んだのか。
後ろから「シャッ!」という謎の声が聞こえてきたと思った時、突然視界が暗転した。
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