白黒羽扇
□黒が白に"染まる"とき・2
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諸、葛、亮、…。
名前は聞いたことがある。なんでも臥龍と呼ばれ、君主自ら三度も草庵を訪れて仕官を願ったとか。
恥ずかしい話だが、魏に仕官する前、年齡が近いのにすでに軍師として名を馳せていた諸葛亮に対し、憧れと同時にライバルとして意識していたことがあった。
その、密かな目標ともいえる諸葛亮が、あのような変態だったとは。
あまり信じたくないが、これが事実なのか。
考え事をしている間にも、諸葛亮は我が主に、穏やかな声で語り掛けている。
口数は多い方ではない。しかし、無駄のない言葉は、妙に聞く者を魅了する力を持っていた。そこに、あの変態っぷりはカケラも見当たらない。
使者として訪れた目的は、蜀からの贈呈品の献上だった。
謁見は程なく終了し、使者は館の案内の者に連れられて退出した。残りの者たちは、曹操が席を立った後に解散となった。
私は、自室へと急いだ。
次期軍師候補と言われたる者、必要以上の感情は隠し通せる自信はある。しばしば、「何を考えているのか分からない」と言われる程だ。
しかし、今回は事情が違う。いくら平静を装ったところで、一瞬跳ね上がった心臓が、いつもと違う早さで脈を刻むのを完全には抑えきれない。
誰か鋭い者に感付かれる前に、一刻も早く一人になりたかった。