白黒羽扇


□微風
1ページ/2ページ


開けっ放しの窓から、微風がふわりと舞い込んでくる。
ほてった肌を、優しく落ち着かせる。
仲達は小さく呻いて身じろいだ。

「首がつらいですか?」
「少しな」

夏の日差しの中、外出する気にもなれず、
昼間からまどろみの中をさまよっている。
孔明はたいてい腕枕をしてくれるのだが、
首が痛くなるので本当はそれほど好きではない。

孔明は枕にしている腕をそのままに、もう片方の手で仲達の解いた髪に触れてくる。
この暑さでもさらりとしている黒髪を、撫でたり手ぐしで梳いて感触を楽しむ。
仲達は目を閉じた。
時々、からかうように仲達の頬や耳たぶに触れてくるのが気に障り、薄目を開けて軽く抗議してみる。

「…くすぐったいのだが」
「ふふっ」

孔明の手が髪の方へ戻り、仲達は再び目を閉じた。





やわらかい空気に包まれて、目を開ける。
隣に気配を感じて顔を向けたが、そこには誰もいない。
ただ、微風がふわりと通り抜けていく。

(ああ、お前はもういないんだったな)

仲達は横になったまま、顎に手をやった。
指に触れた、わずかな顎髭をゆっくり梳く。
すっかり白くなった顎髭を見て、仲達は息を吐いた。

元々髭が薄く、伸ばしても似合わないからという理由で
長い間、髭を伸ばすことはなかった。
伸ばし始めたのは、五丈原の陣を引き払って帰還してからだった。
周りの者たちに訊かれると、適当にはぐらかしてその場をしのいだものだ。





「仲達、くすぐったいですよ」

孔明が、笑いながら仲達の手を取った。
そして、そのまま自分の顎髭から引き離す。
仲達は鼻を鳴らして、手を振りほどいた。
その時、孔明の顔から笑みが消えたことに、仲達は気付かなかった。

「…仲達」
「ん」

面倒くさがりながら孔明を見ると、そこにあるのは静かな光をたたえた双眸。
仲達は吸い込まれるようにその瞳を見つめた。

「唇を…吸ってもよろしいですか?」
「ばっ……そのようなこと、いちいち訊くな馬鹿めが!」

熱くなった顔を見られまいと背を向けようとすると、孔明の手にやんわりと止められ
孔明の方を向かされた。

「では、よろしいのですね?」
「何度も言わせるな」
「この先も、止める自信が私にはありませんが」
「むっ……勝手にしろ」

間もなく、唇に柔らかい感触があった。
続いて、体中を侵略していく柔らかい手。

やがて一つになった時、仲達は体をふるりと震わせた。


次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ