白黒羽扇


□黒が白に"染まる"とき・4
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からりとした風が、吹き抜けていった。


もうすぐこの風も、湿り気を含み、どろりとした重いものになるのだろう。戦場に流れる、おびただしい血によって。

戦というものは、どうにも好きになれない。いくら知略を尽くして策を巡らそうとも、いつかはどこかで血が流れる結果となる。





急に、陣中の人の動きが慌ただしくなった。
敵…蜀軍の動きを探るために放っていた斥候が戻ってきたらしい。
曹丕が、私の名を呼んだ。

「仲達。準備は出来ているのか」
「はい、いつでも出動できます」

曹丕の兄は、先に父と共に戦場で活躍していたという。そんな兄の話を、無表情ながらどこか羨ましそうに聞いていた曹丕も、ようやく戦に出ることが許された。私は、仕官後しばらくしてから、まだ幼さの抜け切らない曹丕の教育係として仕えていた訳だが、此度の戦では曹丕の補佐役として共に陣を組み戦うことになっていた。

いつの間にか立派に成長した若者は、簡易な卓の上に地図を広げると、一点を指で示した。

「仲達、今我々は本陣から離れ、この地点で待機している」
「はい」
「だが、先程の斥候の報告によると、この地点に伏兵が潜んでいるらしい」
「…これは、意外と近い所に」
「ああ。だが、岩や木などが絶妙な角度と密度で存在する場所だ。うまくすれば、小規模な歩兵隊くらい、潜ませることなど難しくはないだろう」
「そうですな…」

しかし、気になる。
伏兵を置くなら、敵軍が進軍する経路を読み、その途中の要所へ配置するのが普通だろう。それを、わざわざ敵軍の待機場所近くに置くというのは。

「罠、でしょうか?」
「やはり、そう思うか?」
「こちらも斥候を出すことは百も承知のはず。それを、わざわざすぐに見つかりそうな場所へ伏兵を配置するのは…」
「私が、まだ経験が浅いからと、軽く見られているのか」
「そのような事は考えますな。ここは戦場です。確かに、戦の経験の差は大きく影響しましょう。しかし、どう転ぶか分からないのも戦です。ここで挑発に乗ってしまっては、敵の思うつぼです」

曹丕は、幼い頃から父親の愛情が薄かったせいなのか、あまり笑わない。
いつの間にか刻まれてしまった眉間の皺が更に深まったのを見て、慌てて嗜めた。
だが、曹丕は挑発に乗せられてしまった訳ではないらしい。私を見て、にやりと口を歪ませた。

「伏兵は五百だ。仲達、このふざけた挑発の真意を、その目で確かめてくるがよい」
「私が、でございますか?伏兵の指揮官は…」
「それも含めて、見てこいと言っているのだ。壊滅させずともよい。お前の知略をもって、敵を撹乱させるだけで十分だ」
「しかし…」
「斥候の報告では、その周辺には別の隊はいないそうだが…先程のお前の言葉を借りれば、戦ではどう転ぶか分からない。気を付けて行け」

兵を率いる武将が誰であるかも知らせてもらえぬとは…。肝心な情報が抜けているのでは、策を練ることもできない。
それに、曹丕の意味ありげな言動。何やら薄ら寒いものを感じながら、出動の令を発した。



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