カエル畑DEつかまえて

□空閑くんはぴば2012
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 まだ蒸し暑い夜が続いているから、昨夜も窓は開けて寝た。
 風に揺れるカーテンの隙間から、ちらちら踊る朝の日差しが目覚ましがわりに顔を撫でる。
 鳴る直前のアラームを止めようと、正臣は携帯を手で探った。コードに繋いだプラスチックの感触のはずが、シリコンみたいな柔らかい何かを掴む。
 まどろみながら掴んだそれを、ふにふにと握る。
 突如悟り、正臣はバチッと瞼を全開にした。
「おはようございます」
 手を捕まれた風羽が、やわらかい笑みを浮かべてベッド脇に膝をついていた。
「お誕生日おめでとうございます」
「ふ、風羽ちゃん……!」
 いきなり血圧が跳ね上がり、正臣は寝たまま貧血を起こしそうになった。
「お、おはよう…」
 挨拶を返しつつ、パジャマの前を掻き合わせる。汗くささが気になった。せめて窓を開けておいて良かったと、心の底から思う。
「夜這いじみた真似をして申し訳ありません。しかしどうしても一番におめでとうを言いたかったのです」
 確かに、風羽と正臣の部屋はちょっと離れている。しかしそれなら部屋の前で待っていれば良かったのではないだろうか。
 そう言うと、風羽は至極まじめな顔で宣った。
「初めはそのつもりだったのですが」
「うん」
「ドアの隙間から正臣くんの匂いがして我慢できませんでした」
「…………っ!」
 頬を赤らめる風羽の何倍も真っ赤な顔を、ばさりと引き上げた布団で隠す。
(うわあああああ!!)
 ぐるぐる巡る感情と酸欠で目の前がくらくらした。
「……お嫌でしたか?」
 拒絶ととったのか、風羽の声音が少し沈む。正臣は布団を被ったままくぐもった声をあげた。
「嫌、じゃ、なくて」
 とにかく恥ずかしい。色々。あれやこれや。
 女の子とは違う。風羽の髪はいつも甘い香りがするし、汗をかいても花みたいな甘い香りがする。男は逆だ。自分でだって相当悪臭だと思う。
「くさくない?」
「くさくありません」
「…………本当?」
「本当です」
 そろりと顔を出すと、風羽はほっと表情を緩めた。手を伸ばして髪を撫でると、やはり甘い香りがする。風羽はくすぐったそうにしながら、手を引いて正臣を起こした。
「今日は正臣くんの誕生日なので、米原先生が特別な朝ごはんを用意して下さるそうですよ」
「あはは……」
 またカツ丼とかだったらどうしよう。
 或いは朝からホールケーキかも知れない。米原ならありうる。早くも胸やけしそうになりつつも、正臣は繋いだ風羽の手をやわやわと握った。
 と、携帯のアラームがけたたましく鳴り響く。
「わっ!」
 時間だ。慌てて止めて、振り向いた風羽と笑い合う。誕生日といえどのんびりとはしていられない。今日も学校だ。
「行こうか」
「はい」
 ドアの外には葉村や広瀬も待っている。正臣にとっては友達に祝われる初めての誕生日でもあるのだ。
「……ありがとう」
 生まれて初めての素敵な一日になりそうだった。




 

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