カエル畑DEつかまえて

□初めての空の旅
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 ロビーは興奮を抑えきれない学生達の熱気で、少し暑いくらいだ。
 大きな荷物はまとめて運ばれているので、手荷物の中身は身の回りのものと修学旅行のしおり、あとはガムやキャンディーなどの嵩張らないおやつばかりだ。
「おお、優希くん見て下さい」
 興奮に頬をピカピカさせた風羽に呼ばれ、優希は人の流れを気にしつつ売店へと足を向けた。
「どうしたの?」
「東西南北の土産物が一同に会しております」
 地元の倍のスペースをとっている他県の土産物を見て、優希は苦笑いをした。
「何故にこのように各地のものを取り揃えてあるのでしょう。旅行先で買い忘れた時の為でしょうか?」
「あー、うん、そうじゃないかな」
 真剣な顔で見つめる風羽の、熱心さの半分は食欲によるものだろう。それを可愛いと思ってしまうあたり、自分は相当ダメだなと優希は思う。
「……行きましょう」
 努力の末に視線を引きはがした風羽に頷いて、優希達は群集に紛れた。ロビーの窓の向こうは飛行機のロータリーになっていて、巨大な魚のような旅客機がゆっくりと移動したり、リフトで積み荷を上げ下ろししている。
「優希くん、どうかしましたか?」
 風羽が見上げる。優希は少し気まずい思いで彼女に尋ねた。
「飛行機、初めて?」
「はい」
「俺も」
 はー、と欝な溜息をつく。
「あれがほんとに飛ぶのか不安でさ。落ちたりしないのかって」
「おお、そういえば」
 風羽は両手を打って窓の外の飛行機を眺めた。
「重たそうですね」
「鉄の塊だからね」
 悲観的な性格なのもそうだが、事故を「呼び込んで」しまわないかと心配なのだ。かといって楽しすぎると嵐を呼ぶし、平常心でいるのもなかなか大変だ。
「大丈夫です」
 風羽は胸をとんと叩いた。
「飛行機が落ちる確率は交通事故にあう確率よりずっと低いそうです。それに、優希くんひとり不運でも我々みんなの幸運がそれをカバーするので平気です」
「ありがとう」
「万が一の時の為に、空閑くんにお隣りに座っていただくようお願いしておきました」
「…………増幅体質の空閑を?」
「この際体質は関係ありません」
「言ってることが矛盾してるよ?」
「優希くんが安心することが大事なのです。……私は生憎隣には座れませんので」
 残念そうに風羽は付け加えた。風羽と優希はクラスが違うので、残念ながら一緒には座れないのだ。初めての空の旅を一緒に満喫したかったが、こればっかりは仕方がない。
「……通路側」
 しょぼんとした風羽に、優希はひとつ提案した。
「もし君が窓側じゃなくていいなら俺、なんとかして3組の通路側に座るよ」
「おお! そうしたら通路を挟んでお隣りですね」
「でも、良いのですか? せっかくの飛行機なのですから、毎日見ている私の顔より景色の方が良いのでは」
「いいよ」
 毎日好きで見てるんだから、とは言えずにもごもごしていると、キーンとスピーカーがハウリングして学年主任の声が響いた。
「えー、搭乗手続きが済んだのでこれから飛行機に乗り込みます。1組の列から順番に進むように」
 歓声や、やっとかよ、などと声が上がり、静かにしろ、と怒鳴る教師の声が覆い被さる。
「おーい、お前ら、ちゃんと並べー? ちゃんと並ばないと置いてくぞー?」
 米原先生が声を張り上げるのを見て、風羽が小さく笑った。
「では優希くん。また後ほど」
「うん。じゃあね」
 小さく手を振りあって、優希は4組の列に戻った。前の方に並んでいた空閑が手を振って前に入れてくれる。
「楽しみだね、広瀬くん」
 飛行機の発着する様子を見てはしゃいでいた空閑は、そのままのテンションでニコニコしている。にやけていても隠さなくていいのだ。だって修学旅行なのだから。
「そうだね」
 広瀬は不器用に顔を綻ばせた。初めての空の旅は、楽しいものになりそうだ。




            2012/01/18 up

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