12/29の日記

01:53
小話
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久しぶりの小話。ずっと書きたかった利.家。久々なのに私の趣味全開のマイナーなお話で申し訳ないのですが…。







北陸の空に遠雷が響いている。
遥か彼方の灰色の峰に同じ灰色の雲がかかって、空もまた同色で、どこまでも薄暗かった。

―まるで、俺だ。

利家は独り馬を駆っていた。刈られた田圃を横切りながら、どんどんと駆けてゆく。目的地があるわけではない。ただ独りになりたくて、無心になりたくて、冷たい風にまかれたくて城を出たのだ。

再びの遠雷。近づいてはいない。遠くでごろごろとうなるそちらの方へちらりと目をやって、馬首を向けた。愛馬は気持ち良さそうに走っている。その手綱を握りながら、男の頭は一杯になっている。無心になりたくても、纏わりつくもの…振り払いたい、振り払えない。頭を振った。

脳裏から離れないもの…それは、

「元親…」

長宗我部元親、鳥なき島の蝙蝠。

秀吉の四国征伐で圧倒的な軍勢を目前にしても、ひるむどころか一歩も退かないその男に、同じもののふとしての興味をもったのが始まりだった。さぞや荒々しい野武士のような男、と想像していた利家の予想を裏切って、軍門に下り大坂に入るその姿は、若く華奢なものだった。

「あれが?嘘だろ…」

つぶやく利家に、

「正真正銘、あれが元親だ。姫若子なんて言われるのも納得だな。ま、本人はそう言われるのを嫌っているらしいが」

わしも驚いたわ、と秀吉は豪快に笑った。

「見た目と違って、胆の据わった男よ。利家、わしは元親が気に入ったぞ」

しばらく大坂に滞在する元親をよろしくひきまわしてやってくれと言われ、頷いた。
城の一室に控えているという元親に挨拶をしようと利家が向かうと、少し先からぽつりぽつりと弦の音がする。かの男の蛇皮線なのだった。物悲しいような、郷愁を誘うその音色に、思わず足を止めた。なおも爪弾く二、三音が聞こえたが、後に、ぴたりとやんだ。そこで佇むままの利家に、

「入らんのか」

中から声がかかった。

「あ、おう。悪いな」

せっかくの蛇皮線を邪魔してすまないと障子を開ける利家の目に、元親が薄く笑った。

「それ…いい音だな」

顔から火が出そうだった。何故だかはわからない。ただ、鼓動が激しかった。俺は音曲の類には疎くてな、と笑い返したが、どっと汗をかくのを感じた。

―綺麗だ。目がいい。まるで澄んだ星のようじゃないか…って、なに考えてんだ俺は…。

ガキじゃあるまいしよ、とも思ったが、動悸はおさまらない。

「秀吉がさ、その…大坂を案内してやれってさ…だから、その」

しどろもどろの利家に、

「よしなに」

また少し笑って頭を下げる元親の瞳が重なった。

それから…。

それからは、まるで何かに魅入られたかのようだった。寝ても覚めても、元親の姿が頭から離れない。瞼を閉じても暗闇に浮かび上がるかのように。元親が大坂に滞在する間の目一杯を、すべて張り付くように一緒に過ごした。他の用事は『客人をもてなして忙しい』と、蹴散らした。初めはよそよそしかった元親と、だんだんと距離が縮まるように思えるのにも心弾んだ。

「本当に何から何まで世話になった。この恩は忘れぬ」

大坂を立つという朝、礼を言う元親に、利家は言葉なく頷くしかなかった。まるで鉛でも飲み込んだかのように、声が出なかった。

そうして今、利家も大坂を辞して所領に戻っている。金沢に戻っても、心はどこかに落としてきたかのようだった。それでたまらず遠乗りに出た、というわけだ。また、遠雷が聞こえた。相変わらず、近づきもせず遠のきもせず大気を震わせている。ぱらぱらと、雨が落ちてきた。冷たい粒が利家を打つ。

―近いようで、遠いようで…。

まるで元親だ。そう思った。

「はいっ」

馬にカツをいれる。一直線に雷雲鳴る峰の方角へ速度を上げた。暗い空をねめつける。

―必ず追いついて、捕まえてみせる。必ず、な。

利家は顔を濡らす氷雨をぐいとぬぐった。

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