書庫2
□冬の夜
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「三成、もう上がっていいぞ。」
吉継の声に、三成はハッと顔をあげた。
「せっかくのクリスマスイブに仕事だったんだ、せめて早く帰れよ。」
吉継が笑っている。ハッキリとは言わないが、早く帰って左近と過ごせと言ってくれているのだ。そう、今日はクリスマスイブ。
「…いや、大丈夫だよ。」
三成は笑い返すと、まだ数人の客が残る店内をチラリと見てから、客のいる今でも出来る片付けを始めた。
―早く帰っても仕方ない…。
三成はそう思う。吉継が言うように、まさしく今日はクリスマスイブだ。だというのに、左近は仕事だという。
―今年のクリスマスは平日だから仕方ないけど。
洗い上がったグラスを手早く拭き、棚に戻しながら、三成は左近を思った。仕事ならば仕方もない。だが、出来れば早く帰って来て欲しいと三成は思ったのだが、あいにく遅くなるという。『三成が帰るまでには何とかするようにする。』と言っていた左近だが、仕事なのだから時間は読めないだろう。
―今日遅くなるなら、昨日のうちに早めのクリスマスをすれば良かったかな?
三成は今更ながら思った。
―でも左近は、そんな事考えてもいないみたいだったな。
普段なら、こういう事は左近から言って来そうなものだった。左近はそういう事に隙のない男で、三成が驚くほど手回しもいい。そんな左近が、昨日はクリスマスの『ク』の字も口に出さなかったのだ。
―年末で忙しくて忘れてたのかな?
いや、と三成は自分の考えをすぐに否定する。
―左近はそういうの、忘れない性格だよな。
ならば、忘れていたのではないが、口に出さなかったという事になる。
―大の男が、クリスマスで騒ぐ方がおかしいのかな…。
三成はそう思ってみた。そう思えば、そうとも言える。
「あぁ、オーナー。」
吉継の声に、三成が扉に顔をむけると、そこにはこの店のオーナー・長宗我部元親が立っていた。
「イブの夜に遅くまで、悪いな。」
元親はカウンターにいた吉継と三成を労い、座った。
「何か飲まれますか?」
三成が言うと、
「そうだな…じゃあ何か軽いものを。これから飲む約束があるから、あまり酔うとマズい。」
「かしこまりました。」
三成は準備にかかった。
元親は、綺麗な男だ。スラリとした身体に端正な顔立ちで、さぞや女性から騒がれるだろうと思うのだが、本人は実に瓢々としている。オーナーとして店に顔を出し、お客の女性と話したりはするが、それ以上はない。恋人がいると噂を聞いたが、定かではない。
「どうぞ。」
三成が元親にグラスを出した時、最後の客が店を出て行った。元親はグラスを傾けて一口飲み、
「今日は、もうこれで閉店だな。」
そう言うと、自ら席を立って行き、客を送り出した後の扉に『CLOSE』の看板をかけた。
「さ、もう帰ってくれ。」
「でも、オーナー…」
「いいんだ。片付けなら俺がやるし、何より、俺はここで待ち合わせをしてるんだ。あとは俺が勝手にやるから、気にせず上がってくれ。」
それでは、と吉継と三成は裏に引っ込むと帰り支度をする。
「オーナー、恋人と待ち合わせかな?」
「そうじゃないか。さ、三成も早く帰れ。」
二人が支度を終えて、元親に挨拶をしてから帰ろうと店の方に出ると、ちょうど店に人が入って来た所だった。
「元親…遅くなって悪かったな。」
入って来た男はそう声をかけると、元親の隣に座った。
「いや、俺もさっき来た所だ。ところで利家、何を飲む?」
「おっ、元親が作ってくれるのか?」
「まぁな。」
席をたってカウンターの中へ行こうとした元親の腰を、利家が絡めとる。
「よせ、利家。酒が作れない。」
「おう。分かってるさ。」
そう言いながら、利家は元親を離さなかった。
「しょうがない男だな。」
元親の声が柔らかい。
三成と吉継は、その様子に出て行けなくなり、そっと店を後にしたのだった。
「いやぁ、見せつけられたな。」
吉継が笑う。三成は真っ赤になっていた。
「あれが、オーナーの恋人か…」
「らしいな。三成、タクシー来たぞ。乗るんだろ?」
気をつけてとお互い言い合い、二人は別れた。
―左近…。
車中一人になると、三成は急に左近が恋しくなった。元親と利家の姿を見せつけられたせいもあるかもしれない。
―もう帰ってるかな…。
三成はボンヤリと窓を見ていた。
マンションに着いた三成が見上げると、部屋に灯りがともっている。
―左近だ!