書庫2

□篝火
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立花隊に着いた左近は『治療をしながら情報を集めましょう』と三成に言い、隊長室や作戦司令室がある壕の中心地域から出て足を進た。指揮系統の心臓部を取り囲むように、地下には細い坑道が蟻の巣のように掘り巡らされている。当然、電気など通っていないし、火を燃やせば煙で敵に気付かれてしまうため、大きな灯りなどない。暗く湿った坑道を行くと、それに沿うように部屋が設けられていた。部屋とは名ばかりで、それはただの洞窟である。そこが兵士たちが居住用や倉庫、看護室なのだった。

「救護・看護室はここですな。」

左近がその洞窟のひとつに入った。わずかな灯りがともっているだけで、看護室の中は薄暗かった。ぼんやりとした中に、傷ついた兵士が横たわっているのが見える。

―なんと…隊長室も質素を通り越して粗末だったが…ここは、ただの穴ぐらだ…!

ジャングルの湿気を含んだ土の床に、満足な布団などあるはずもなく、ただ丸太のように転がされている兵士を目のあたりにして、三成は、あまりの惨状に思わず涙がこみあげた。

―これでは…死ぬのを待っているだけではないか…!

あたりには何とも言えぬ異臭が漂う。それは死臭なのかもしれなかったが、それを嗅いだ事のない三成には、しかと判断できなかった。

「軍医殿ですか…?」

負傷兵の間を動き回って世話をしていた、衛生兵とおぼしき若い兵士が、左近にすがるように尋ねて来た。

「そうです。」

左近がこたえると、衛生兵は安堵の息をもらした。

「良かった…軍医殿はいなくなるし、衛生兵の手も足りず…どうなる事かと思いました。」

よく見れば、その衛生兵も痩せていて顔色が悪い。壕の中にいるせいか色が青白く、闇にボウッと浮かぶその顔は、まるで幽鬼のようだ。三成は身体に震えが来た。

「ご苦労でしたね。どれ、診察させてもらいましょうかね。」

左近が明るい声を出してかがんだ。部屋の端の兵士から、丁寧に診ていく。左近にくっついて衛生兵が、

「脇腹に被弾」

とか、

「右足膝下の欠損」

とか、負傷兵の状況を告げる。

―ここは、地獄だ。

三成もその後に続き、こみ上げる吐き気をこらえて、必死に兵士たちの姿を目に焼きつけた。

そこは、まさに地獄だった。

五体満足な者は、誰一人としていない。ある者は足がなく、ある者は顔が焼けただれ、またある者は肩から手にかけてを吹き飛ばされている。自分では動けないため、わずかに身体を揺らしながら苦痛に低くうめく声が、地の底から湧き上がるように壕の空気を震わせていた。

「腕を上げさせて…消毒しますから。はい、押さえて。」

左近は淡々と治療を施していく。三成は恐怖に膝が震え、立っているのがやっとだった。死が支配し、取って喰ってやろうと隣に待ち構えている…この恐ろしさは、未知のものだ。

―これが、前線の実態…!

それでも『これを知るために、自分はここに来たのだ』と三成は思い出した。

―やらねばならぬ!

震える手で、持参していた手荷物を探り、そして目指す物をつかむ。三成がつかんだ物…それは、カメラだった。カメラは大変高価な貴重品だったが、現状を写真として焼きつける事で、大臣に紛れもない証拠として突きつけようと、わざわざ財産をはたいて手に入れて来たのだった。闇の中にフラッシュが瞬き、惨状が光の中に浮かび上がっては再び闇の中に溶けた。

数枚の写真をとり、更に小さなライトをつけて、三成はノートに現状を手早く綴った。もはや、三成の手は震えてはいなかった。

「…よし、完了だ。」

ざっとメモをして、三成はノートとカメラをしまった。そして、

「島さん。手伝います!」

と、左近の隣に飛び込んだ。

「石田さん、ここに消毒液を。」

「はい。」

左近と衛生兵に三成が加わり、治療は黙々と続けられた。動けない患者の体位を変えたり、治療もなかなかの重労働だ。

「やれやれ、一通りは終わりましたかね。」

額に汗をにじませた左近が息をついた。高い湿度のせいもあって、三成も汗だくだ。

その時、にわかに廊下である坑道が騒がしくなった。兵士たちが次々と表へと駆けていく。

「なんだ…?」

三成は分からない。すると司令室の方から怒鳴り声が聞こえて来た。

「敵襲!動ける者は出撃せよ!」

それはギン千代の声のようだった。その声も、表の方へと遠ざかって行っている。

「補佐官、ここを動かないで下さい!」

左近が三成を看護室の壁ぎわに押し付け、三成をかばうように前に立ちはだかった。
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