書庫1

□朝日射す
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ゾクリとするような視線を、左近はさっきから感じている。だが、あえて視線の方向には目をやらない。誰の視線かは、とっくにわかっているからだ。

―困った方だ。

左近はそう思う。

視線の主は、石田三成。いうまでもなく、左近の主君だ。今日は石田家の重臣達が広間に集まり、机を突き合わせて、執務の総ざらいをしている。三成は左近から少し離れた所に座っていて、そこからずっと左近に視線を浴びせている。

その視線は、今に始まったものではない。気づいてから、もうずいぶんと経つ。主君の眼差しが、自分に対する恋心を含んだものだと知った時…左近の胸に溢れたのは、驚くほど大きな喜びだった。

だが左近は思う。

―さすが…にマズいでしょう。主君を抱くなんて…。

左近はもう立派な大人だ。だから、自分の感情を押さえ込むのには、たけている。

たけているのだ。

…そう思っていた。だが、そうでない事にも、とっくに気づいてしまった。

左近も、三成を好いているのだ。その気持ちは、とてつもなく大きい。

―危険、ですよ。

左近はそう思う。
自分の大き過ぎる感情を、まともにぶつけたら、華奢な三成などひとたまりもないだろう。

―壊して、しまう…かも知れない…。

いや…それどころか、三成を破壊し尽くし、その全てを己れのものとして、余す所なく支配したいとすら願ってしまうかもしれない。

―壊すなんて…それは、許されないでしょう?

壊れるのは、三成だけではない。左近もだ。
左近の腕や肩をまた、絡むように視線が這う。

―可愛いですよ、殿。そうやって左近を欲する所なんて…奪いつくしたい程にね。

左近は片頬をあげ、少し笑った。わずかに動いたその頬にも、左近は痛い程の視線を感じる。

ふと…。

三成の視線がゆるんだ。それを機会に、左近が三成に目をむける。三成は家臣の一人に書類についての質問をされたのだろう、その家臣と顔を寄せて書類をのぞき込んでいた。そのために、視線がゆるんだのだと分かる。

―殿。

そんな三成に、今度は左近が、溶けた鉄のような、灼熱の視線を浴びせる。

―殿…。

三成は家臣と言葉を交してうなずき、少し笑った。それを見た左近は、暴れ出したい程に強烈な嫉妬を覚えた。

―殿。あなたの照れ性のご性格ゆえとは重々承知してはいますが、この左近にはいつも意地悪を言って…他の家臣には、そんな風に笑ってみせるのですね?

三成が何やら指示を与え、話は終わったようだった。家臣が三成に頭をさげ、下がって行く。それを待ちかねたように、三成が再び左近の方に顔をむけた。

二人の視線が、ぶつかる。

瞬間、三成はハッと息をのむ音が聞こえるくらいに驚いた顔をした。その顔に、みるみる血がのぼり、真っ赤になる。そんな所すら、可憐でたまらないと左近は思う。

―こんなにも危険な左近を…殿は受け入れてくれるんですか…?

左近はゆっくりと、三成から顔をそむけ、視線をはずす。三成が思う存分、自分を見つめられるように。

―よく考えて下さいよ。いや、これは左近もですがね。

ほどなくして、左近は頭の後ろあたりに、三成の視線を感じた。視線は左近の頭、そして首筋を這う。

―そうやって、どんどん俺に溺れればいい…。

一瞬浮かんだ狂暴な感情を、左近はすぐに深い感情の沼に沈める。

―好きですよ、殿。

左近は心の中で呟いた。

苦悩という暗闇は、抜けつつあるのかも知れない。朝日射すまで、あともう少し。だがまだ主従は、それを知らない。





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