書庫1
□星降るような夜に。
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左近はお土産片手に会社からの家路を急いでいた。
―甘いものが好きだなんて、本当可愛いよなぁ。
左近の顔は、恋人の事を考えてフヤケた。恋人とは、もちろん三成の事だ。
二人が恋人になったのは、まだ遠い昔の話ではない。家への帰り道で雨に降られた左近が、雨宿りに逃げ込んだバーに、バーテンダーの三成がいた。左近は美貌のバーテンダーに、知らず知らず心ひかれていた。そんな、客と店員という、二人の関係に変化を与えたのは、ちょっとした事件がきっかけだった。三成がストーカーの男に傷つけられたのだ。三成は天涯孤独の身の上と知り、結局その場に居合わせた左近が自宅で三成を療養させた。そこをスタートに、二人は同居を始め、そして恋人同士になった。
―お土産、喜んでくれるかな?
左近は帰り道に購入したケーキにチラリと目をやり、また三成の事を考える。
―今日のご飯は何かな…?
三成の傷はもうすっかり癒えている。だがまだ左近は心配で『もう少し養生したら?』と三成の職場復帰を伸ばした。それで三成は自宅にいて、夜には帰宅する左近を迎える事になる。
三成の『おかえりなさい』が早く聞きたくて、左近は最近、仕事が終わるとすぐに帰宅する。とにかく、三成にベタ惚れなのだ。
道の先に、左近のマンションが見えてきた。
左近の部屋に、灯りがついている。それだけで、左近は心が踊るようだった。
―ケーキを渡して、三成の喜ぶ顔が見たいね。
左近はまた足を早める。
その時。
―ん…?
マンションの植え込みに、人影が動いた。
―何だ?
左近は歩を止める。暗闇に目を凝らし、相手を見極めようとした。だが、暗い上に黒っぽい服装。定かには分からない。
―まさか…?
左近は胸がドキリとした。
―まさか、ストーカー…?
ゆっくりと、足音をたてないように、左近は植え込みに近づく。
すると…その気配を察したのか、人影は無言で、走るように道の向こうに消えてしまった。
―怪しい。
左近は眉をしかめる。三成がストーカーに付きまとわれていた過去があるだけに、緊張が左近の身体を走り抜ける。
―注意しなくては。
左近は闇を見つめたまま、そう思った。
「おかえり、左近!」
部屋に入ると、三成の明るい声が左近を迎えた。左近はなにやらホッとして『ただいま』と目尻を下げた。
「これ、お土産。開けてみて?」
左近が手にした袋を三成に渡した。三成はテーブルでゴソゴソと包装をといている。そんな三成を見ながら左近は片手でネクタイを緩めるた。
「うわぁ、ケーキ!左近、ありがとう。」
箱の中身に、三成がパッと顔を輝かせた。その顔がまた愛しくて、左近は三成に近寄り、優しく抱きしめた。
「な…っ、左近?」
いきなりの抱擁に、三成が真っ赤になって左近を見上げる。
「どうしたの…?何か怖い顔してない?」
三成が首を傾げながら左近に言った。
「そう…?」
さっきの不審な人影のせいだろうか、左近は無意識に真剣な眼差しで三成を見ていたようだ。だが左近は、
「何でもないよ。ケーキ、後で一緒に食べようね?」
それだけ言い、着替えてくるよ、と三成を解放した。
―まだストーカーと決まった訳じゃない。変に三成を不安にさせたくない…。
左近はそう考えて、三成に何も言わなかったのだ。
二人で三成お手製の夕食を食べながら、左近は思案している。
―あれが三成のストーカーかは分からないが、注意は必要だよな…だが、余計な心配かけずに三成に注意してもらうには、何て言ったらいいんだろう…?
いつもは最高に美味いと思う三成の料理だが、今夜は思案に夢中で、ロクに味わえない。二人の会話も途切れがちだ。
「左近…」
三成が左近に呼びかける。だが、左近は気付かない。
「左近…?」
三成がいぶかしげに左近を見つめる。
「左近!」
何度目かの、三成の大きい呼び声に、左近はようやく呼びかけに気づいた。
「あ、ごめん。なに…?」
左近が三成を見る。
「左近、おかしいよ?どうしたの?」
三成が箸を置いて、そう尋ねた。
「いや、ちょっと仕事の事で…ごめん。」
「本当?大丈夫?」
「うん、大丈夫。もう考えるの止めるよ。ごめん。」
左近はまた誤魔化した。
―もう少し、確かめてから…。
左近は三成に『三成の料理はいつも美味いね』と、笑ってみせた。