書庫3

□おくりもの
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今日はバレンタイン。

帰宅した孫市は、暗い部屋に明かりをつけた。慶次は今夜遅くなるという。なんでも取引先の上杉社長と飲むそうで、ウワバミの社長を囲む宴会は長引きそうだと言う事だった。だからと言って、孫市は拗ねたりはしない。バレンタインなんて女子の、高校生や大学生といった若い子のイベント…と思っているからだ。男の自分と、同じく男の慶次とは、そもそも縁のないものと捉えている。シャワーを浴び、冷蔵庫を開けてビールを取り出す。よく冷えたビールは、プシュっと泡をわきたたせた。夕食は軽く済ませて来ている。慶次は遅くなると言っていたが、幸い明日は休みだから、ビール片手に少し待ってみようか…などと思いながら、ぼんやりテレビをながめていた。

待ち人が戻ったのは、深夜と言える時間だった。まだ起きていた孫市を意外そうな表情で見て、

「もう寝てるかと思ったぜ」

強烈に酒が匂う。やはり相当飲んで来たようだ。

「かなり飲んでんな、慶次」

「おう。上杉社長と付き合うと、どうにも底なしさ」

「大丈夫かよ。水飲むか?」

「心配してくれるのかい?嬉しいね」

妙に慶次がベタベタとして来る。酔ってるせいなのかと思ったが、言葉もハッキリしているし身体が揺れるような事もない。大体、同じく酒豪の慶次がへべれけになるなど考えにくい。思えば、孫市は慶次が酔いつぶれた所を見た事がなかった。それどころか、酔った素振りすら記憶にない。

「水もいいが…せっかく孫市も飲んでるようだし、俺も一杯飲むかな」

「そうか」

二人並んでビールをあける。そうした間も、慶次の様子は普段と変わりなく見えた。ただ、いつもよりボディータッチが多い。

「なんだよ慶次…酔ってんのか?」

「ん?何でだい」

「何か…すげーからんで来るから」

「そうかい?」

慶次は少し首を傾げ、

「いつもは自制して我慢してるのが、酒が入って大胆になってるのかもな」

真面目な顔でそう言うので、思わず孫市は顔がカッと熱くなった。追い討ちをかけて、

「好きだぜ孫市」

慶次が男の肩に腕をまわす。

「お前さんが好きでたまらないんだ」

「…」

「俺の全てなんだぜ、孫市は」

「何だよそれ…」

「素直な感情さ」

孫市は距離を詰めて来る相手の身体を、

「よせって」

と、押し返したがそんな事で慶次はびくともしない。反対にぐいっと引き寄せられて、

「なぁ…俺が、お前さんのどこに惚れてるか知ってるかい」

耳元で囁かれた。吐息がかかって、ゾクリとする。身体中が心臓になったように、激しい動悸が駆け巡った。

「…な、何だよ、どうしたんだよ」

「どうもしないさ。ただ孫市にベタ惚れしてるだけでね」

「ちょ、おい慶次…」

遠慮会釈なく首筋を這う唇の感触に、孫市はあえぎ、もがいた。だが身体はしっかりととらえられたままだ。

「やめろって…」

「そういう素直じゃない所も、俺にとってはたまらない魅力だよ」

「…」

いつもは陽だまりのように優しく穏やかな愛情を向ける慶次が、今は欲情した獣さながらにギラついている。吸血鬼よろしく首を甘噛みして、ようやく離した顔からは射抜くような視線。孫市は背中が粟立った。向かい合った男は、とんでもない色気を放っている。気圧されて、声がでなかった。その頬を、大きな手が撫でる。

「驚いた顔も…」

グッと来るね、と慶次が笑った。

「好きだぜ」

親指が唇をなぞる。

「孫市の唇…綺麗だ」

「…」

「目も鼻も耳も…髪の先から爪先まで、全部好きだ。どこもかしこも、あんたは俺の好みなのさ」

「…」

「キスしていいかい」

「…聞くか普通?」

「じゃあ聞かない」

慶次に唇を覆われて、孫市は快楽の海に落ちていった。

翌日…。

驚いた事に、前夜の言動を慶次は丸っきり覚えておらず、

「社長と4升飲んだとこまでは覚えてるんだが」

酔いがあの行為をさせたと分かり、孫市を愕然とさせた。しかし、見た目には全く普段と変わりがなかったのだから、

「おっかねぇな慶次…泥酔してても素面の顔かよ」

昨夜の、いつもと違う慶次も悪くはなかったが、

「他でこんな事されたら参るな」

と少し顔をしかめた孫市に、

「大丈夫さ、酔っても…いや酔うと輪をかけて、孫市しか目に入らないからね。そうだったろ?」

「…」

「好きだぜ、孫市」

「…まだ酔ってんのか?」

「そういう事にしとこうかな」

慶次が孫市にキスをした。いつも通り優しく、でもいつもより濃厚なそれは、神様からのバレンタインプレゼントなのかも知れなかった。




 

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