書庫3

□願い
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新しい年の朝。

左近と三成が目覚めの挨拶を交わしたのは、自宅のベッドの上であった。二人は今年、のんびりと家で正月を過ごすと決めた。例年の三成はバーテンダーという職業柄、正月は忙しい。新年は初詣や挨拶まわりなどで街に繰り出した人々がやって来て、お店は結構な賑わいをみせるのだ。しかし、今年はオーナーの元親が内装に手をを入れると決めたため、年始の営業はお休みになった。そのおかげで、三成は左近と水入らずでの時間を手に入れたのである。その話を聞いた時に左近は、それならどこか出かけようか…と提案したのだが、三成は首を振って家にいよう、と言った。

「二人でのんびりお正月って、今まで無かったしさ。せっかくならそっちがいいよ」

それが理由である。じゃあそうしよう…という事になり、二人は年末から少しずつ掃除をしたり料理を準備したりして新年を迎えたのだった。

「さて、じゃあおせちにしますか」

むっくりとベッドから身を起こし、左近が着替え始める。ゆっくり起きたので、朝とはいえもう太陽が昇っているが、冬の冷えた空気はまだまだ凍えている。

「寒いね」

隣で着替える三成も身体をこわばらせた。寒さに粟立った手を、わざと左近のわき腹にピタッとくっつけて、

「うわ、三成やめて!」

なんて、じゃれあいながら身支度をすると、二人はキッチンへと向かった。リビングとキッチンは日が射し込んでいて暖かい。雑煮とお重とに手分けをして支度をする。やがて雑煮の鍋からいい匂いがして来た。

「もうすぐ出来ますよ」

左近はいつになくご機嫌である。毎年、仕事に行く三成を見送って、自分は手持ち無沙汰だったのだろう。しかし、今年は愛すべき相手がずっと一緒なのだ。

「お雑煮、関東は四角い餅なんだっけ?」

三成が左近の背後からくっついて鍋をのぞき込んだ。

「そう言いますね。本当にそこまで厳格に分かれてるかはわからないけど…」

左近も三成も、馴染みがあるのは丸い餅だ。鍋の中には、その馴染み深い丸が浮かんでいる。

「東北じゃ、あんこ入りの餅を雑煮に入れる地域もあると聞きましたが…」

「へ〜!本当に?何だか不思議な感じだね」

鍋をかき回しながら『そうですな』と男も笑う。そんな話をしているうち、餅は煮えたのだった。

「いただきます!」

向かい合って、箸を取る。三成が雑煮に口をつけ、

「おいしい」

「そう。良かった」

二人で目交ぜして、笑い合った。おせちをつつきつつ左近が、

「初詣にでも行ってみる?人ごみがキツいようなら、家でのんびりでもいいけど」

「確かに混んでそうだよね」

人ごみが得意ではない三成は苦笑いした。近所の神社は有名な社ではないが、それでも新年ともなれば人が集まる。少し考えたようにしてから、

「ちょっと行ってみようか。せっかくだし」

「大丈夫?」

左近は気遣って、あんまりひどく混雑してるなら帰って来ようと言った。食器などを片付けて、しばらくのんびりして昼の太陽が空気を緩めるのを待ってから、二人は神社へと向かった。ぶらぶらと歩きである。松飾りが見えて、正月独特の華やぎがありながらも、街並みは静かでもある。それでも、徐々に神社に近づくにつれ人が増えて来た。鳥居をくぐるころにはかなりの人波で、うかうかしているとはぐれそうである。

「お互いを見失いそうだね」

「本当、すごいや」

「三成…」

「ん?」

左近が三成の手を取った。白昼堂々である。

「ちょっと左近…恥ずかしいってば」

「誰も見てないって」

左近はつないだ手を、そのまま自分のコートのポケットに突っ込んだ。

「こうすれば手も暖かいし、ちょうどいい」

左近は笑って飄々としている。三成は嬉しいながらもこそばゆい気持ちで参道を歩いた。お参りを済ませて、引き返す。道すがら、

「何を願ったの?」

と左近が尋ねると、

「うん。左近が健康で、いい事がありますようにってね」

三成は臆面もなくこたえた。

「…それはありがとう。で、自分の願い事は?」

「あ、忘れてた」

仕方のない人ですねぇと左近は笑い、

「でも大丈夫」

「え?」

「俺は、三成にとって良い年になるように…とお願いしておきましたから」

「…」

三成は照れくさそうに笑ってから、

「いい年になるといいね」

と言った。左近がこたえて、

「ええ。きっとなりますよ」

更に続けて、

「ま、俺は三成がいてくれるだけで十分だけど」

「うん。俺もだな」

再びつないだ手に、力が入る。遠くに凧があがっていた。




 

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