書庫1
□優しい大河
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孫市が公園でボンヤリしている頃…左近が帰宅した。
「お、いい匂い。何の匂い?今日の夕飯かな?」
左近が三成の額に唇を押し付けながら尋ねた。
「これは明日の夕飯だよ。残念だけど、今夜はお預けだからね。」
三成が言うと、左近が『ああ、明日は七夕か…』とつぶやいた。
「ね、三成。三成は明日お休みだったよね?」
「…そうだけど?」
「じゃあ、明日は一緒に、どこかお店に行こうよ。」
三成は『え?』と驚いた顔をした。てっきり左近が『明日の夕飯が待ち遠しいなぁ』とか何とか言うと思っていたからだ。
「いや、三成お手製のディナーはすごく嬉しいよ。」
その三成の表情を察して、左近が言う。
「でもさ、明日は一年に一度の七夕でしょ?だからさ、彦星としては織姫に尽くさなきゃいけないワケだよ。」
左近が三成を引き寄せる。
「分かる?織姫さん。」
「左近…」
三成は真っ赤になった。左近が自分に気をつかって『明日は外で食べようよ』と言ったのだと分かり、三成は少し嬉しい。
「でも、左近。」
三成が左近を見上げる。
「俺は織姫じゃないし、左近も彦星じゃない。一年に一度しか会えないなんて、俺は絶対に嫌だもん。」
ちょっとムキになったような三成の言いように、左近は笑ってしまった。
「もちろん、左近もそんなのはゴメンですよ。まぁもっとも、俺が彦星なら…どんな困難も乗り越えて、毎日のように織姫に会いに行っちゃいますがね。」
「なにそれ…」
三成がプッと吹き出して、二人は盛大に笑い合った。
「とにかく、明日は俺にご馳走させてよ。いつも三成に作ってもらう事が多いから、たまにはお礼がしたいんだ。」
左近が三成の髪をくしゃくしゃ撫でて笑った。この笑顔に、三成は弱い。
「…いいよ。」
気づけば賛成していた。
「よし。じゃあ今夜は、三成が作ってくれた七夕ディナーを食べよう。いい匂い…俺、着替えてくる。」
左近がウキウキした様子で言った。そんな左近が、三成は好きだ。二人は一足早く、七夕ディナーを口にしたのだった。食後に、
「美味しかったよ。」
と言う左近に、
「明日はたっぷり、ご馳走してもらうからね?」
と、三成がいたずらっぽく笑った。
「もちろんですよ、織姫様。」
「だから、織姫なんて嫌だ。」
「はいはい。御意のままに。」
左近がおどけて頭を下げた。
さて、月曜日。いよいよ七夕本番だ。
「おう、孫市。」
左近が出勤した孫市に軽く手をあげた。
左近は昨日、孫市が慶次のために料理を作ったと三成に聞かされ、驚いたと同時に『あの孫市が!』と爆笑して、さんざん三成に怒られた。そして『明日、雑賀さんに会っても笑ったり、からかったりは厳禁。』と厳命されている。孫市の顔を見ると、つい笑ってしまいそうで、左近はなるべく孫市の方を見ないようにした。
―あの孫市がね…。
孫市はいつも『料理は恋人が作ってくれるものだ。』と公言していた。料理が出来る方である左近には『左近は作ってくれる相手がいないから、料理が上手くなったんじゃないのか?』なんて、減らず口を叩いたものだ。
―人間、変わるもんだな…。
左近はそんな孫市が、妙に愛しく感じた。今の左近は、何故だか保護者の気分だ。
「なにをニヤついてんだよ、左近?」
急にその孫市から声を掛けられ、左近は我にかえる。
「…いや、なんでもない。」
知らず知らず、笑ってしまっていたようだ。
夜。
孫市も左近も、早めに仕事を切りあげた。七夕の常として、空は曇天だ。
「じゃあな、孫市」
左近は社屋の出入口で孫市と別れた。これから三成と待ち合わせて、ディナーだ。もちろん、お店もしっかりと予約済みである。
「おう、じゃあな左近。」
孫市はまっすぐに家に向かった。
左近が待ち合わせの場所に着くと、三成はもう到着していた。三成は、薄手でわずかに肌が透けるような、白い夏向きのシャツを着ている。その姿が、シャツの白色も相まってか、ボンヤリと闇に浮かびあがって見え、左近はドキリとした。
―綺麗だ。
左近は少し立ち止まり、三成の姿を見ていた。三成が、チラリと腕時計を見る。
―いかんいかん。
それでハッとして、左近は三成に近づいた。
「ごめん、待たせたね。」
「ううん。左近は…仕事大丈夫?」
三成が左近を気づかう。左近はそんな三成が、可愛くてたまらない。
「大丈夫だよ。じゃ、行こうか。」
左近は軽く三成の背中に手を回し、店へと歩いた。