書庫1
□星降るような夜に。
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次の日。
左近は少しの不安を胸に出勤した。家をでる時、見送る三成に、
「今日はどこか行ったりする予定ある?」
と聞いた。三成は少し不思議そうな顔をしながらも、
「特に予定はないよ。スーパーに買い物くらいかな?」
と答えた。三成になぜそんな事を聞くのかと言われないうちに、左近は『そう』とだけ言うと、三成に少し笑って、
「いってきます。」
と、扉をあけた。
左近が出て行き、閉じられた扉に、
「変な左近。」
三成はまた不思議な顔をした。
仕事中も、何だか左近は落ち着かない。
―明るいうちは大丈夫だよな?
そう思っては、
―いや、分からんな。周りが見えなくなった奴は、時間関係なく現れるかも…?
と、考えたり。
―あぁ、あの時の男もストーカーの男も、俺は詳しい人相が分からない。これじゃお手上げだよな…。
左近はため息をついた。
「何だよ、左近。ため息ばっかつくなよな〜。」
隣の席の孫市が、左近に話かけてきた。
「孫市…」
孫市を見上げる左近の顔が、げっそりして見えて、
「な、なんだよ!なんて顔すんだよ、左近?」
孫市がビックリした表情をした。
「孫市…お前、ストーカーに遭ったことある…?」
左近が弱々しい声で聞く。
「は…?」
孫市はまたビックリする。
「左近、ストーカーされてんの?」
「まさか。俺じゃ…いや、何でもない。」
左近は口を閉じ、またため息をついた。
―とにかく、早く帰ろう…。
そう心に決め、左近はガリガリと仕事を片付け始めた。どうあっても、早く帰りたい。一心不乱に書類を処理していく。
「左近…変だぜ。」
そんな左近を見て、孫市はつぶやいた。
そして…。
「悪い、俺お先に!」
定時を過ぎると、左近はさっさと席を立って行った。三成と同居を始めてから、長い残業をせずに早めに帰るようになった左近だが、こんなにも定時ピッタリに帰って行く事は珍しい。周囲は不思議なモノを見るように、左近を見送った。
一方の左近は、周りの目などに構っている余裕はない。
―三成、無事でいてくれ…!
頭の中はそればかりだ。
さっき仕事の合間に左近が三成にメールをした時は、すぐに返信があった。
その返信で無事を確認して安堵し、同時に不安にもなった。何故なら三成のメールが、
『これから買い物行くところ。今夜、何食べたい?』
と、いうフレーズで締めくくられていたからだ。家から出るというだけで、今の左近は三成が心配でたまらない。
―早く、早く…。
左近は帰路につきながら、焦れた。
―早く三成の顔を見て、安心したい…!
左近は無意識に、急いでいる。もうすぐマンションだ。
左近の目に、マンションが見えて来た。薄暗い中に、左近の部屋の灯りが見える。それは、三成の存在の証明だ。
―良かった…!
左近はホッと胸の緊張が緩んだ。
―ん…?
だが次の瞬間、再び緊張が左近を襲う。
―あれは…!
マンションの前に、人影がある。その影の姿や形は、昨日見た不審な人影と酷似している。その影が、少し動いた。マンションの部屋の灯りを見上げているようだ。
―あいつ…!
左近の胸には、緊張を上回る感情が膨れ上がった。
―容赦しないぜ…。
左近は今、怒りに支配されている。全身から吹き出すような怒気をまとい、左近が影に歩み寄った。
「おい、アンタ。」
低い声で、左近が闇に話しかけた。闇が驚いたように、ピクリと震えた。
「そこで、何してる?」
左近が更に詰めよった。
「答えがない所をみると、まっとうな理由じゃなさそうだな?」
ダンマリの影に、左近は鋭く言う。
「なぁ、アンタ。」
左近は口をひらきながら、闇の向こうからの殺気を感じた。
「…アンタ、昨日もいたよな?」
身構えながら左近が言った、次の瞬間。
ヒュッ、と左近の耳に、空気を切る音が聞こえた。闇は無言で襲ってきたのだ。
―コイツ…!狂ってるのか?
身構えていた左近は、それを避け、相手に目を凝らす。黒っぽい服の相手は、闇にまぎれ、相変わらずはっきりとは確認できない。だが吹き出した殺気だけが伝わってくるだけだ。
―そっちがそのつもりなら、いいさ。
左近は腹で笑う。多少の心得はあるつもりだ。
―来るなら来いよ。
そう思ったら、左近は心に落ち着きが生まれた。
左近が、闇を見つめてわずかに動いた。
その時。
闇の向こうで、一瞬キラリと刃が光った。
―来る…!
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