書庫2

□御所草子U
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ある晴れた日…。

帝と六天院のご発案により、内裏で大きな宴が催された。貴公子たちが舞や詩、音楽に絵の披露をなさって、その中には島大将の姿もある。大将は華麗な舞を披露された。帝の側に侍る尚侍は、御簾の向こうから眩しくその姿を拝見した。

―舞うお姿も、一段と目をひいて、何ともご立派な…。

尚侍はうっとりされたのだが、そんな目つきを帝に悟られてはならないと、すぐに我にかえって、慎み深く視線を帝に向けて微笑まれた。帝はご機嫌でいらっしゃる。
また、宴では武官たちの腕を競わせるものもあった。帝方と院方に分かれ、腕自慢の護衛武官たちが弓を射る。その成績を競うのだ。その中には、帝方として幸村と孫市の姿もあった。幸村は孫市と弓の準備をしていたのだが、ふと、何かに導かれるように視線を上げた。すると貴公子たちの中にいらした山城殿と目が合う。ハッとすると、山城殿もそうだったようで、慌てて顔をそむけられた。

―あの方がご覧になっている…。

幸村の胸が早鐘を打つ。失敗できない、と思った。そんな二人に、

「よう」

声を掛ける者がいる。

「お前は…!」

孫市が眉間を寄せた。声を掛けて来たのは、六天院の御随身(護衛)である容貌魁偉な男…前田慶次であった。孫市の様子に幸村は、

「お知り合いですか?」

「…いや、知り合いって程じゃないが」

「冷たい言いようじゃないかい?孫市さんよ」

孫市はムッツリとする。それに構わず、

「俺は前田慶次、院の随身だ」

慶次は幸村に名乗った。幸村も、

「私は真田幸村、今日は帝に仰せつかって弓を射ます」

律儀に頭を下げる。

「お二方は帝のご信頼あつい名手と聞く。楽しみにしてるぜ」

じゃあな、と手をあげて慶次は戻って行った。

「あれが前田殿…お名前だけは聞いていましたが、立派な方ですね」

背中を見送った幸村が、ソッポを向いて弓の準備をしている孫市に言うと、

「立派、か…。あれは恐ろしい男だぜ」

「え?」

「何でもない」

孫市は黙りこくってしまった。

帝の号令がかかり、いよいよ弓が射られる。まずは院の側からで、まだ童形の目立つほど可憐な若者が立った。漆黒の髪をなびかせた華奢な若者が弓を構えると、周囲は水を打ったように静まり返った。

「あれはどなたです?」

幸村が声をひそめて聞いた。

「森蘭丸…院のお気に入りさ」

孫市が囁く。一瞬の溜めの後、弦が解放され、鋭い光となった矢は一直線に的をとらえた。その見事な有り様に、一同から歓声があがる。

「見事」

院がお声を掛け、側に控えていた惟任殿と満足そうにうなずかれた。蘭丸はお席に向かってぬかづき、頭をたれた。

「良き腕前。しかし、我が方も負けませんよ」

帝が院におっしゃった。次は孫市である。

「よっしゃ、負けられないね」

弓を片手に進み出て、位置につくと矢をつがえる。一瞬ふと、こちらを見ていた慶次と目が合い、二人の視線が絡んだ。

「…」

孫市は一瞬固まったが、すぐに的へと狙いを定め、ゆるりと弦を引き絞る。そして、フッと自然な様で放った。矢は、まるで糸でも付いているかのようにスルスルと的の中心に吸い込まれた。

「おお、見事!」

帝もまた、見事な腕前を持つ臣下を誇らしげになされた。一礼して下がる孫市が、チラリと慶次に流し目をする。すると、慶次も孫市を見てにやりと片頬を上げた。孫市はハッと息を詰め、思わず面を伏せた。

「さぁ今度は我が方の番だ。ご覧あれ」

院が次を促される。

「次はどなたですか?」

帝が尋ねられると、

「前田慶次です。我が随身の中でも指折りの男ですから、見ものですよ」

惟任殿がおこたえになられた。その慶次が、弓を手に前に立ち、構える。男の体躯が目立って大きいがために、弓矢が小さくすら見えた。だが、仕草が粗暴にならないのは、この随身の並々ならぬ器量によるものだろうと人々に思わせるのだった。

「タダモノじゃねぇ…」

孫市がつぶやく。慶次は楽々と簡単に、そして静かに弓をひくと、まるで呼吸でもするかのように、無造作に放った。軽く放たれたように見えた矢は、的を射抜いて、尚且つ的を粉々に砕き飛ばした。凄まじい破壊力である。周囲はざわめいた。

「すごい…」

幸村と孫市もそうつぶやいた。慶次の鮮やかで圧倒的な腕前に、

「これは素晴らしい腕前!」

帝も驚きをお隠しになれないご様子だった。

「しかし、まだ勝負は五分でございますよ」

「そうですな」

帝と院がお笑いになる。次は幸村の番である。

「ぬかるなよ?」
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