きゅ〜てぃ〜はに〜
□きゅ〜てぃ〜はに〜/act4.SEPHIRIA
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気分の転換どころか更に悪化しているのを、リンスははっきりと感じていた。
悪いモノゴトは重なるものとはよく言うところではあるものの、
やはり割り切れるものでもなかった。
今までどれだけ「あんな奴もう知らない」なんて口にしただろうか。
先のシャオリーとの遭遇でわかってしまった。
結局のところ、そう自分に言い聞かせて、彼から逃げたいだけなのに。
理解はできても気持ちが付いていけないから始末が悪い。
どれだけ中途半端な間でも、それが嫌でも、これ以上進むことも戻ることもできなくなっている。
無意識に立ち止まり、大仰な溜息を吐きだした。
「──こういうの、嫌いなのになぁ」
まだうろうろしたところで、今日はいいことが待っていそうな期待も持てなかった。
早いところ部屋に戻ってあたたかなベッドで目を閉じてしまおう。
目が覚めて彼への思いが夢であったなんてことはないだろうけれど、
鬱々と、さっきまで会話を交わした人々などとを比べたりなんてうんざりだった。
「あら?」
控えめで、歌うように穏やかな声を耳に聴き、ぎくっと肩が跳ねた。
(悪寒…‥)
リンスの固まってひきつったままの口元は形で呟いた。
振り返るくらいなら、走りさるべき。
瞬時にその悪寒への対処を頭に描いたリンスは足先に重心を置いて地面を蹴ろうとした。
「リンスレット、お久しぶりですね」
「!!」
ぽん、と 肩に落ちてきたしなやかな手。
そのたった一瞬で
リンスの逃げる気力は崩れてしまった。
そうっと後ろを振り返り、そのままひきつった笑みを浮かべた。
「…‥ごきげんよう、セフィリア=アークス」
自身の名をリンスの口から聞いたセフィリアは、嬉しげに女神の微笑を浮かべた。
***
「それで、何のご用かしら?時の番人の隊長様がいっぱしの泥棒娘なんかに」
「街で久々にあった友人とお茶をするのに理由が必要ですか?」
「友…‥っ?!!」
にこにこと相変わらず底の見えない笑みを浮かべる、向かい合った相手。
セフィリアの放った意外すぎる言葉に、リンスは思わずオウム返ししてしまった。
いつ、どこで、誰がアンタのお友達になったってのよ!
「…‥アンタの言うオトモダチってのは、"利用価値のある人間"の事?」
「利用価値の有無までを問うならば、私の外部の知人において貴女以上の方はそういませんね」
「ああそうありがとう。それは光栄だわ…」
「どういたしまして」
出会い頭にそこに見えた茶店に連れ込まれ会話を開始し、ものの数分。
既に疲れきった面もちのリンスは、カップに浮かぶフォームミルクに口を付け、
上目づかいにセフィリアを窺い見た。
彼女の、いつも余裕でどこか飄々とした雰囲気は、なぜか彼を思い出す。
リンスが寸の処で爆発しそうな怒りを鎮めるために声のトーンを低くして
悪態づいたらまたサラリとした返答を返された。
望んでいた通りの答えを得られず、リンスは早くも白旗を揚げ、がくりと肩を落として諦めた。
なぜこんな事になっているんだか、甚だ疑問だった。
決して彼女にとってのリンスの印象も良いものではない筈だと自負していた。
それほどの嫌悪感を抱いて露わにして今まで接してきていたのだから。
なのに、セフィリアはリンスを誘った。
全く、読めない人間だ。
どうして私の周りには最近こういう輩が多いのか。
「──けれど」
頭を指先で抑えていると、ふと、セフィリアが声をかけた。
「楽しいお話をするのにそのようなモノの必要性はないと思っています。違いますか?」
リンスの不機嫌顔に、セフィリアは柔らかな微笑を湛えて続けた。
リンスは少し目を瞠った。
少しいつもの笑みとは違うように思えたから。
コーヒーカップに添えるその指先も、
カップの中の香りを愉しむように伏せるまつ毛も、
肩から流れるウエーブかかった長い髪も、
いつか見た隊服と違う、グリーンとブラックとを組み合わせたセンスある清楚な服装も。
自身やリンスの知る人物達と寸分たがわぬ"普通の女性"だと思った。
─その額の数字さえなければ─
「──違いないわね」
リンスはようやく警戒心を解いて軽く微笑み上体を前に倒した。
セフィリアはどこか驚いたように数回、蒼い瞳を瞬かせた。
その表情も、リンスにとってはどこか新鮮に感じられて、更ににっこりと頬を緩めた。