WJ系

□進路希望
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妖怪の妻。

なんか、誰に言ったって信じて貰えない。

若菜はそう書いた進路希望の紙を見てため息を吐いた。


「ふざけてるかな?」

「いや、いいんじゃねぇかぃ?ただ、俺の名じゃねぇのがなぁ・・・」

「鯉伴さん・・・また勝手に・・・」

「こまけぇことは気にすんな」


ここは若菜の自室のはずだ。

そこにいつの間にか妖怪である奴良鯉伴がいた。

肩越しに若菜の進路希望用紙を奪う。

本来なら大学名を書くべき場所に若菜は小さく『妖怪の妻』と書いていた。


「若菜」

「はい?」

「いいのか?」

「そのまま出しても信じてもらえないから、んー。家業?って書くわ」

「ちげぇよ」

「?じゃぁ、鯉伴さんの奥さん?」

「それもちげぇよ。」


今度は鯉伴がため息を吐く。

若菜はむっと見上げた。

鯉伴はバンッと紙を机に置く。


「学はいいのか?」

「がく??」

「あー、大学?だよ。大学!この前まで行きたいのがあんだ、って言ってたろ?いいのか?」

「・・・赤ちゃん・・・いるし、それに「下ろせ」

「へ?」


言葉の意味が理解出来なかった。

若菜は呆然と鯉伴を見上げた。

鯉伴は真剣な眼差しで見つめていた。

そして、もう一度言う。


「腹の子は下ろせ」

「な・・・なんで!」

「若菜がやりたい事出来ないから、下ろせ」

「絶対やだ!せっかく・・・私と鯉伴さんの赤ちゃんなんだよ?なんで、そんな事言うの?」

「幹部どもに何か言われたか?」

「・・・」


若菜の懐妊が奴良組内に知れ渡ったとき。

確かに若菜は言われた。

鯉伴の前の妻のこと。

その妻が何故いなくなったのかと言うこと。

そして、人間だとしても大事な跡取りを身ごもったのだから、産めと言われた。

鯉伴には何も話してない。


「若菜」

「言われた。言われたけど、だからって無理に産もうとかそんなの」

「俺はお前の間に子供なんていらねぇ」

「え・・・」

「いや、責任はあんだ。俺が悪ぃんだ。でもな。若菜」


鯉伴は涙目でまっすぐに見つめてくれる若菜の頬を撫でた。

嫌いなんじゃない。

心ないこと言っているのもわかる。

でも。


「俺はな、若菜。幸せにしてぇんだ」

「なら!」

「だからな。お前を妖怪の嫁になんてしたくねぇんだよ。」

「私が鯉伴さんのお嫁さんって。書かなかったから?」

「違う。」

「じゃあ、なんで?嫌い?私が・・・人間だから?」

「違う」


じゃあ、なんで?

若菜は息を詰めながら聞く。

そんな若菜を抱きしめて鯉伴も泣きそうな声で言う。


「妖怪任侠だなんて世界に入れたくねぇんだ。俺は跡取りなんていらねぇ。若菜が笑ってくれたらそれでいいんだ。うちの奴らだって、人間が嫌いな奴もいんだよ。」


傷つけたくないから。

それにあれだけ、将来の夢を嬉しそうに語っていた若菜の夢を潰したくはない。

本音を言えば、鯉伴は一生若菜の存在を妖怪界に知らせるつもりはなかった。

妖怪任侠とは違う、普通の世界でいつでも笑顔で待っていて欲しい。


「鯉伴さん」

「若菜?」

「私、大丈夫だよ。」

「はぁ?」

「鯉伴さんがいるんだから。だから、赤ちゃん産みたい。産んで鯉伴さんと一緒にいたい。」

「だって、お前!」

「通信の大学に行く。だから、勉強もする。意地悪されたって泣かない」

「・・・わかってねぇな」

「?」

「若菜」


俺の負けだ。

とでも、言うように笑う。

そして、


「いいな?もう表の世界に戻れねぇし、命だって狙われる。」

「そうなったら助けてね?」

「当たり前だな。」


エヘヘと若菜が笑えば鯉伴も笑った。

若菜の進路希望には通信の大学とその下に小さく『奴良組の姐さん』と書いていた。




END
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