WJ系

□多重債務にお気をつけを
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 それは鯉伴と若菜が結婚して、一月目のことだった。
 慣れない帳簿を電卓を打ちながら鯉伴に教えてもらっていた若菜の元に、首無が居住まいを正してやってきたのである。
「若菜様、折り入って御相談があります」
その常にない真剣な顔に、若菜もあどけない笑顔を不思議そうにして夫の側近を見つめた。
「何かしら、首無さん?私にできることでしたらー」
「若菜様にしかできません。いえ、たとえできても若菜様にしていただかなくてはならないのです」
「おい、首無、一体何を…」
新妻に迫る部下の気迫に、鯉伴は焦った。
ーまさか姐御として妖怪に会えとか、しめろとかいう気か!?
このかわいくあどけない若菜にそんなことはさせられない。
「首無!妖怪なら俺がー」
「それで私は何をすればいいんですの?」
鯉伴の叫びよりも、若菜の笑顔の方が早かった。
 それに首無はぐっと膝を乗り出すと、沈痛な面もちで打ち明けた。
「実は、今月からの二代目のお小遣いが決まっていないのです!」
「あら、まあ」
笑った若菜の横で鯉伴は転んだ。二回転前転を決める見事なものだった。
「会計役の算盤坊様が悩んでおられます。一体今月からはいくらお渡しすればよいのかと」
「あらあら、それは大変。そうね〜決めてなかったわね」
ころころと笑う若菜の後ろから起き上がった二代目が叫んだ。
「こらっ!首無!そんなの今まで通り自由でいいだろうが!?」
「だまらっしゃい!」
ピシリと首無は二人の前に明細書を突き出した。
 それは某有名クレジット会社からのカード使用明細書だった。
「この飲み代は何ですか!?月に三十万!?更にシャネルに香水に帯にディオール!しめて二百万!さあ、言い訳を訊きましょうか!」
「あらあら」
と若菜は明細書に目を落とした。
「ディオールと香水は私だけれど、後は知らないわね〜鯉伴さん?」
ひっと二代目の顔が引きつった。
「そ、それはあれだ…飲んでた馴染みの店の女の子につい約束しちまって…」
「まあ。綺麗な人なの?」
「い、いや。若菜の方がかわいいぞ?」
「噂では黒髪長髪の源氏名が山吹という女の子で大層な美人だそうです」
「首無〜!てめえ!!」
「あらあら、困った鯉伴さんねえ」
しかし若菜の手はぐしゃりと明細書を握りつぶしたのである。
「わ、若菜…?」
ひきつる二代目の前で黒いオーラを纏いながら、若菜はゆっくりと振り向いた。
「ちょっと浪費癖を治していただかないとねえ?もうじき子供も産まれるのにー」
「全くです」
最早二代目が否と言える雰囲気はどこにもなかった。

「夫の小遣いを決めるのは、妻の役目。若菜様、結婚早々申し訳ありませんが、お役目お願い致します」
「私は鯉伴さんの妻、奴良組の姐御ですもの。喜んでさせていただくわ」
若菜は輝くような笑顔で返事を返している。
「それじゃあ月十万くらいでどうかしら?」
ー二百万から十万!
二代目が軽くショックを受けている前で、首無が浮いた首を振った。
「若菜様はお優しすぎます。月に十万ももらう一家の主など何人いるでしょう?」
「あら。では相場はおいくらぐらい?」
「三万から五万。多くてもあと二万上乗せされれば十分です。更に世間のお父様方はそれで昼食代もまかなっておられます」
「でも、鯉伴さんはお昼はうちで食べられているわ」
「ではその分は節約していただきましょう。月一万円でいかがでしょうか?」
ー二百万が一万!
二代目の頭には目に見えない大きな岩が落ちてきたような気がした。
ーまずい!放っておいたら、一万で確定する!
「な、なあ、若菜…」
必死でひきつりながら鯉伴は愛妻に呼びかけた。
「やっぱり組のもんとの付き合いもあるしよ…もうちょっと飲み代だけでも…」
「お付き合いかあ、そうねえ〜」
と若菜は顎に指をあてて考え込んでしまった。
「騙されてはいけません!若菜様!」
ずっと首無が身を乗り出した。
「付き合いなら本家に招けばよいのです。本家はどうせ毎晩宴会、今更一人や二人増えたとて酒代も肴もいかほどの違いがありましょう」
「てめえ!首無!」
しかし二代目の叫びなど聞こえていないように、若菜は笑った。
「そうね!そうしたらキャバクラ行くより安いわよね」
ーまずい!
このままでは本当に一万円確定だと鯉伴は焦った。別にキャバクラに行きたいわけではないが、一日333円の小遣いは切ない。
「いや、でもな。知り合いの冠婚葬祭の付き合いもあるしー」
「冠婚葬祭ですって。首無さん、それは何が必要なの?」
「祝儀や香典は組の金から出ますから、後は持ち寄る品。葬式なら米や野菜ですかね」
「じゃあ、お米を毎月三十キロ程でいかがかしら?」
「十分でしょう」
ー一万円+米三十キロ!
そんなのどう使えと言うんだと叫びたいが、いらないそうですと首無が言うのは目に見えている。
ー仕方ねえ!米は組のもんに売りつけよう!
だがやはり現金がもう少し欲しい。
「冠婚葬祭だけじゃねえ。出産祝いとか色々あるだろうが」
「首無さん。ミルクと紙オムツどちらをお小遣いに追加すべきかしら?」
「ミルクは好みやアレルギーがありますから、オムツが無難ですね」
ー一万円+米三十キロ+紙オムツ!
それはどんな小遣いだと鯉伴はもう泣きたくなってきた。
「…でも、それじゃあ若菜に紅の一つも買ってやれねえ…」
のの字を畳に描きながら呟く鯉伴に、若菜はくすりと笑った。
「冗談よ。ちゃんとEdyに毎月十万振り込んであげます」
えっと鯉伴は新妻の顔を見つめた。
「だからキャバクラの“山吹”さんにはもうプレゼントしないでくださいね」
ーあ…
昔の妻を思い出していることに、傷つけてしまった新妻の心に気がついて、鯉伴は大きく頷いた。
 そして首無はそんな二代目を呆れながらも暖かい目で見守ったのである。
 そして次の日、鯉伴の部屋には大量の米と紙オムツが一万円の封筒とEdyカードの横に置かれていた。
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