WJ系

□借金ご返済は計画的に
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 それは浮世絵町の住宅街の中にある小さな祠の前でのことだった。
 最近日参して学校からの送り迎えを引き受けている付近では噂の不審者奴良組二代目は、目の前の黄色い落ち葉を拾っている若菜を目を細めてみていた。
 赤いランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶった姿はあどけなくかわいい。
 自然と目尻も下がろうというものだ。
 庭石に座ったその姿を、石垣のむこうから見つめながら、首無は携帯を握った。
「最近評判の変質者を発見。先ずつけまわされている女児の身の安全を確保する。やれ、三羽鴉」
その途端、二代目の上から黄色い落ち葉に紛れ、沢山の黄色い木の実が落ちてきた。
 それが頭に当たり、肩に当たりしては柔らかな実を潰していく。
「臭え!」
たまらず鯉伴は叫んだ。
「なんだ、こりゃあ!?」
慌てて羽織を脱ぐ鯉伴に驚いて駆け寄ろうとした若菜の体が、誰かによって抱き抱えられた。
「ふっ…銀杏爆弾成功ですね、二代目」
「首無!?」
突然現れた部下に鯉伴は驚いて叫んだ。
「それではこの子を送っていくことはできますまい」
「なっ!てめえ!さてはそれが目的か!?」
「当然です」
首無は深く頷いた。
「最近、この辺の保護者会や自治会で流れている噂を知らないんですか?」
「噂?」
「『小学生の女の子を登下校時に付け回す不審者がいる』『帰宅時、校門の辺りをうろついている長髪の男がいる』こんな噂を流されてどうするんですか!?仕方ないので、私が変質者なので見かけたら警察に通報をと言っておきました」
「てめえのせいか!?最近道を歩いてればサツに呼び止められるのは!?やくざの親玉を売るとはいい度胸だな!?」
「安心してください。別に私が言わずとも、極道など常に警察のブラックリストのトップです。更に青少年育成条例の方でまで載れたなんて誇らしいことではありませんか」
「ならお前も載せてやる!今から通報してやるから、この辺にそのままいろ!」
「あなたじゃあるまいし、変質者扱いされて誰が嬉しいんですか?」
「なんで俺は嬉しいと思うんだ!?お前の中で、俺の扱いはどうなっているんだ?」
「常に発情期の雄犬。機会があれば分裂したがるアメーバー」
「なんだと!?」
「よりはましな、単なる変質的嗜好者。略して変態です」
「どう略なんだ!?いや、それより今はっきり変態と言ったよな!?」
「ついに耳にまで老化現象が現れましたかー嘆かわしい」
「ほおお〜」
と鯉伴は部下の襟首をつかみあげた。
「部下に変態だ、老人だと言われる俺は嘆かわしくないと?」
それに首無は目をきょとんとさせた。
 そしてしばらく考えて、やっと気づいたように言った。
「意外と自分のことって気づきませんからねーすみません、まさか今更な事実の指摘に傷つくなんて思わなかったんです」
「お前、それダメ押ししてるだろ!」
 その時、二人の間で首無に抱えられた若菜が苦しそうに声をあげた。
 二人が目を落とすと、間に挟まれて苦しそうにしてもがいている。
「あ!すまん、若菜!」
二代目は慌てて体を離した。
「ううんーいいの。それより、これ…」
若菜が小さな手でカーディガンから取り出したのは、かわいい鬼灯色のハンカチだった。
「お兄ちゃん、髪の毛も銀杏でぐしょぐしょ」
 着物は羽織を脱いだから汚れはとれたが、黒い髪についた黄色い実は強烈な異臭を放っていた。
 それなのに自分のハンカチを貸してやるという。その優しさが鯉伴の胸にしみた。
「若菜ー」
そのハンカチをぎゅっと握った。
「いつか必ず、三カラットのダイヤの指輪をつけて返すからな」
「いいよー気にしないで。それより早く拭いてね」
ー見事にふられたな…
と首無は思ったが、あまりに二代目が感激しているようなので、黙っておくことにした。
「では、若菜様は私がお送りしますので、二代目は早く帰ってシャワーを浴びてください」
 そう言って、若菜を抱えたまま歩きだそうとした首無を二代目は慌てて呼び止めた。
「待った!若菜に渡す物があるんだ!」
「渡す物ー?」
ー指輪や婚姻届なら没収だが、花ぐらいなら許してやるか…
そう思いながら振り返った首無の前で、二代目は財布から一円玉を取り出すと、若菜に渡した。
「ほい、若菜。今日の分」
「うん!確かにもらったね、お兄ちゃん!」
その光景に首無の表情が鬼に変わった。
「二代目!あんた小学生と援助交際しているんですか!?」
「誤解だ!これはこの間駄菓子屋で借りた金だよ!」
「駄菓子屋ー?」
疑るように見つめる首無に鯉伴はその腕の中の若菜に助け船を求めた。
「なっ!若菜」
それに若菜はにっこりと笑った。
「うん!お兄ちゃん、あんまりお金を持ってないからって、毎日一円ずつ返しに来てくれるの。おまけに遅いからって、利子までつけてー」
それに二代目は笑った。
「極道の世界で金のやりとりに利子がつくのは当然だ。十日で一割でいいなんて、若菜はいい子だな」
ー貸金法、違法金利じゃないか!?
とは思ったが、首無はあえて別の事を尋ねた。
「いくら借りたんです?」
「ん?」
と二代目は目を開いた。
「だから若菜様から幾ら借りたんですか?」
「ー四百円」
その瞬間、首無の拳が二代目に炸裂した。
「十日で十円しか返さず、四十円の利子をつけとれば未来永劫返せんわ!この変態下心野郎!!」
そして嘆く二代目をその場にぐるぐる巻きにして、首無は若菜を送っていった。
 次の日、学校に迎えに来た二代目は首無の監視の元、泣きながら若菜に四百円と利子の百二十円を返したのである。
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