その他

□ほとんど字幕のない部屋(宗凛)
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※大学生。同棲してる






 生活感がない――と言われる。

 引っ越し祝いのテーブルとソファー、前の住人が置いていった飾り棚以外には、特に家具らしい家具もない簡素な部屋だ。
 一応DVDプレーヤーやステレオなんかは常に使える状態にしてあるものの、あまり動かさないのでカバーが掛かったままである。
 部屋が散らかって見える原因の一つ、ダイレクトメールやチラシの類も、毎度律儀に宗介が仕分けしてくれるため、テーブル上には余分な物がなかった。

 それらを総じて“生活感がない”と来客達は言うのだろう。

 しかし、洗い物も水切りかごに入れっぱなしだし、ソファー横のラックにはいつ見ても何かしら(まだ使えそうなクーポン誌、街でもらったポケットティッシュ等)物が入っている。
 モデルルームに比べたら、十分過ぎるくらい生活の跡があるではないか。

 だが普通の男子大学生の部屋と言えば、雑誌やゲーセンの景品が積み上がった狭い部屋に、カップ麺の容器が転がっているのが当たり前なのだという。
 渚に言わせれば、男二人で住んでいたらそうなるとの事。
 お前は女兄弟だろ。

 ――と、まぁ。要するに、同居人が宗介なおかげで、快適な大学生活を送れているという事だ。



「ん」

 ソファーに腰掛け、熱心にスポーツ雑誌に目を通していた宗介に、凛はマグカップを突き出した。
 別々の時期に違う店舗で買ったのに、たまたま被ってしまった揃いのカップ。
 凛が赤で、宗介が黒だ。
 そのマグカップにインスタントの挽き豆を目分量入れて、直接やかんからお湯を注いだだけの味気ないクオリティ。
 ドリップがいい時は、宗介の方から申し出るから、いつもはこんなものだ。雑誌を読みながら普通に飲む分には、チープな味で構わないらしい。それは凛も同じだった。

 ストンと宗介の横に凛が腰を下ろす。
 わざわざ話し合って決めた訳ではないが、何となくいつものソファーの定位置は決まっていた。
 リモコンに視線を置いたまま「ん」とだけ言うと、宗介は腕を伸ばし、テーブルの端からリモコンを取って凛に手渡した。

 ピッ、とテレビが点いて、真剣な顔で一日の出来事を読み上げるキャスターの顔が映る。
 チャンネルを変えてみるが、凛の好奇心を満たしてくれそうな番組はやっていなかった。

 ――退屈。

 仕方なくチャンネルを一周させ、凛は最初に映った夕方のニュース番組を見るでもなく眺めた。
 しばらくの間コーヒーを飲むついでのようにそうしていると、ふとした拍子に雑誌を下ろした宗介と目が合う。

「ん」

 風呂先に入れよ、――という意味だと確信する。

「ん」

 じゃあそうする。と返すのを省略して、凛はスタスタとリビングを後にした。



 自分と暮らしているような奇妙で当たり前の感覚。
 それにももう慣れつつあった。
 シャカシャカとシャンプーの匂いのする髪を拭きながらリビングに戻ると、宗介が二杯目のコーヒーを淹れようとしている所である。

「ん」

 先、飯にしようぜ。と訴える。

「ん」

 宗介はカップを置いて、冷蔵庫の中を改め出した。



 結局、今日のメニューはほうれん草のシチューに決まった。
 別にカレーでも良かったが、明日遊びに来る愛一郎と百太郎では、辛さの好みが分かれそうだから。

「うまいな」

「あぁ。たまにはいいよな」

「明日はデザートもつけてやろうか?」

「愛は何でも食うだろうけど、百は好き嫌い多そうだからなぁ……」

「食堂でプリン食ってたの見たことあるぞ」

「んじゃプリンでいいか」

 昔からよく話すのは何か口にしている時だ。
 うまいものが人を饒舌にするのか、口を動かすついでに言葉が出てくるのか。
 宗介は食事中が一番口数が多い気がする。

「凛」

「ん?」

「(このあと)しよ」

「やだ」


 ――無駄口も多い気がする。


―――――――
凛ちゃんはNOが言える男!



2014.7.20


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