その他

□純粋無垢なアイロニー(遙凛←宗)
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※宗介の性格は捏造してます



 バダンッ、と夕刻のロッカールームに乱雑な音が響く。

「なにお前、“遙ちゃん”に抱かれたいとか、そんな事思ってるわけ?」

 ケラケラと子供のように笑ったのは、ロッカーに凛を押さえつけたままの宗介だ。
 心底可笑しそうに、頬を赤らめる凛を嘲笑する。
 まじまじと見慣れた顔を眺めると、長い睫毛に縁取られた紅い目が、苛立ちの色に染まっていくのが見て取れた。
 すると宗介はますます笑みを深め、不機嫌に歪む端整な顔に近付いて、くいと顎を掴んで上を向かせる。

「ふぅ〜ん……。たとえばこんな感じか?」


 ――無防備な唇。

 宗介が艶めいた口元を見つめていると、突如として引き結ばれていたそれがカッと開き、牙を剥いた。

「……っんなのお前には関係ねぇだろ!俺がハルを抱こうがハルが俺を抱こうが、そんなのは俺達の勝手だ!」

「――って!」

 突き飛ばされた宗介の肩が、ロッカーの角にぶつかる。
 何故だか自分も痛そうな表情をした凛の顔に、宗介は余計に痛みが増した。
 しかしそんな心中を気取らせる程、宗介は素直ではない。さも平静を装って、大袈裟に痛がるフリまでしておどけてみせた。

「あ―あ―悪かったよ。んなムキになるなって。お前らがあんまりラブラブだから、ちょっとからかっただけじゃねえか。……ほらさっさと“好きにされて”こいよ」

「……次やったらマジで殴るからな」

「お〜。おっかねぇ」

 湯気を吹き出してロッカールームを出ていく凛を、宗介はとっくに痛みなんて引いた肩をさすりながら見送った。




***




 いつも鯖しか出て来ない遙の家で、今日は生姜焼きが出た。
 つくづく今日は珍しい事ばかり起こる。

(宗介のやつ……ますます厄介な性格になったな……)


 勝手な想像で暴走する所なんか、特に際立ってひどくなったと思う。
 いや、それにしても強く言い過ぎただろうか。拒絶されたと勘違いしてなきゃいいけど。
 週明け避けられたり変に気使われたりしたらどうしよう……。
 まったく、どうしてこんなに気に病まなければならないんだ。
 元はといえば、あんな目に付く場所であんな事している奴らのせいじゃないか!

(……って、それ俺もだよな…………)

 自分自身の言葉がグサリと刺さる。
 凛が後悔の坩堝に嵌っていると、ふいに食後のお茶を飲みながらぼんやりしていた遙が声をかけた。

「凛……今日はうるさくないな?」

「はぁっ!?お前いつも俺の事うるせぇって思ってたのかよ!」

「よかった……。いつものうるさい凛だ」

「ハルっ…………」

「心配した」

「えっ」

 思わず八つ当たりしそうになった凛の怒りが、遙の一言でスゥと消えていく。

「元気、なさそうだったから。……くたびれた鮫みたいだった」

「何だよ。くたびれた鮫って……」

 相変わらず、遙の考える事は分からない。
 しかし自分が思う以上に、遙は自分の変化によく気付いてくれるのが嬉しかったし、妙な安心感も覚えた。
 だから自然と、凛は口を開く気になったのだ。

「……まぁいいや。とにかく、今日は色々あったんだよ」

 はぁ、と凛は愚痴っぽく溜息をつく。

「練習終わって着替えしてたら、偶然窓から見えちまったんだ。その……うちの生徒が別の生徒をフェンスに押し倒してるとこ――」

 ばつが悪そうに頬を掻きながら、チラと遙の様子を窺うと、遙は先を促すような視線を送ってきた。

「……俺も前に、ハルに似たような事した事あったろ。それ思い出して、端から見たらそんな風に見えんのかって思ったら、なんか急に恥ずかしくなったっつぅか……」

「凛……かわいい」

「っせぇな!黙って聞けよ!……で、そしたら宗介の奴にからかわれたんだよ。“お前も七瀬にあんな風にされたいのか”みたいな事言われて、それから……」

「それから、どうしたんんだ?」


 ――言いづらい。

 その先はきっと遙を傷付けてしまう。

「あ〜……わりぃ。やっぱいいや」

 俺から言い出したけど、もういいんだ。と、凛は冷めてしまった茶を啜って誤魔化そうとする――が、しかし。

「凛、本当の事を言え。俺はちゃんと聞く」

 遙は静かに言い切った。

 決して責めている訳でも怒っている訳でもない。ただその一言を言えないでいる凛が苦しそうだったから。

 水面のような澄みきった瞳に見られているだけで、溺れそうな程凛は気詰まりを感じていた。
 罪悪感を胸に抱いたままではどうしても遙の顔を見る事が出来ず、もう限界だ、と渋々口を割る。

「……押し倒された」

 ボソッと呟くと、遙からは驚きと、やっぱりかと得心がいったような、複雑な表情が返ってきた。

「押し倒されて、キスされそうになった……」

「……そうか」

「実際はされてねぇし、アイツもただの悪ふざけだったんだと思う。昔っから容赦ないいじり方してくる奴だし、俺に遠慮なんかする奴でもないから、そんくらいアイツにとっては冗談のつもりだったんだろ。けど俺は……――」

「凛」

「……っふ……んんっ……!?」

 突然過ぎて、頭の中が真っ白に弾ける。
 両頬を包み込んで、深く心を与えるように、心を奪うようなキス。
 愛しむように何度も何度も唇を重ねた。

 長時間そうしていたのに、呼吸は乱れるどころか整っていって、遙の顔が徐に離れていく頃には鉛のようだった胸のつかえもすっかり取れて、不思議なくらい凛は穏やかな気分だった。

「凛がして欲しいなら、何でもしてやる」

「ハル……」

「それから、これは俺がしたい」

 抱き締められた、と分かった時には、天井が見えていた。
 いつもは焦らしてくる遙が、こんなに性急なんて。
 今日は本当に、珍しい日だ――。


―――――――
最初から宗凛で完結したら長く幸せだけど、結ばれる事なく遙凛ルート突入したら絶対に凛ちゃん奪い返せないだろう宗介を思うと胸が熱くなる……
でも遙凛フォーエバーとも強く思うんですまる

2014.6.8




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