その他
□feel so sweet(遙凛+岩鳶)
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とある日の昼休み。
岩鳶高校の屋上には、今日も水泳部の面々が顔を連ねていた。
いつものように包みを広げ、弁当を食べようとしていた時、突然甘い匂いが勢いよく屋上のドアを跳ね退ける。
「みんなぁ、見てみてー!」
エプロンを纏い三角巾を頭に巻いた渚が、じゃ〜んという効果音と共に駆け込んできた。
「どうしたんだ渚? そんなにたくさん」
皆の目は、渚が両腕に抱えた大量のタッパーへと向けられる。
「調理実習で作り過ぎた分を貰ってきたんだ! みんなで食べてよ」
可愛らしくデコレーションされたマカロンやらスパイシーな香りのコロッケやら、本来であれば一緒のテーブルに上る事はない取り合わせの料理がずらりと並べられた。
その中から、渚は一際地味な茶色一色のタッパーを開け、一目見た限りでは、“魚の形をした薄っぺらい板状のもの”としか分からない料理を取り出した。
「はい、はるちゃん。鯖みそガムだよ」
言われてみればうっすらと鮮魚コーナーのような匂いが……。
ショックを隠しきれない面々に対して、興味なさそうにしていた遙の顔がにわかに輝きだす。
「……ありがと」
「渚のクラスはまた凄いものを作るなぁ」
真琴が感動とも呆れともつかない顔で苦笑すると、ちなみに作ったのは僕の班だよ、と渚は胸を張った。
「江ちゃんは女の子だし、ラズベリーマカロンなんかどうかな?」
「わぁあすっごくかわいぃ〜〜。ありがとうっ!」
「まこちゃんは〜、ピスタチオのチョコだよ」
「美味しそうだね。ありがとう、渚」
「怜ちゃんにも、はい!」
「あ、僕もチョコですか?……って、これカレー粉じゃないですかぁあ!どうして僕だけカレー粉!?」
「ふふふっ、怜ちゃんなら『カレーは栄養バランスがいいだけでなく、隠し味に何を入れるかで料理人の個性が光るまさに芸術作品……』……みたいな感じじゃない?うん、やっぱり怜ちゃんはカレーだよ!」
「ただカレー粉が余っただけでしょう!?というか、僕の真似が全っ然似てません!」
「渚……今のは似てた」
「えっ!?」
「どんどん怜の物真似のクオリティ、上がってってるよなぁ」
「遙先輩……真琴先輩まで!?」
鯖味噌ガムと聞いた時以上のショックを見せた怜は、さらに衝撃を受ける事になる。
「そういえば、お兄ちゃんも得意なんですよ。色んな人の真似するの」
「えぇええ!?凛ちゃんが物真似」
思わず大声出した渚が目をぱちくりさせる。
「あのクールな凛さんが……信じがたいです……」
「物真似っていうか、声真似?昔からキャラクターの真似とか上手だったんですよ」
可愛かったなぁ、お兄ちゃん……と江は記憶の中の兄の姿を思い、恍惚とした表情を浮かべる。
「意外だなぁ。凛のそんな声聞いたことないや」
「俺もない」
「じゃあさ、僕にいい考えがあるんだけど――」
***
「あっ、もしもしお兄ちゃん!?」
『――……っんだよ、江。余計な電話なら切るぞ』
長い呼び出し音の後、観念したように気怠げな声で凛は応えた。
「大変なの! 遙先輩がすごく落ち込んでて、屋上から動かなくなっちゃった!」
『ハルが?』
「なんでも、水しましまちゃんのイベント限定ストラップを無くしたとかで……」
『チッ……。くだんねぇ。ゆるキャラくらいでメソメソしてんじゃねぇよ』
苛立ちを含んだ声は、ハッキリともう切るぞと告げている。
「そんな冷たい事言わないで! 先輩すっごく傷付いてるんだから」
『テキトーに鯖でも食わせてほっとけよ。俺には関係な、』
「ショックで“もう泳げない”って!」
『……!』
「お願いお兄ちゃん! 水しましまちゃんの声で遙先輩を励ましてあげて!」
二人の間に、暫し沈黙が流れる。
『わぁったよ。……ハルに代われ』
もう一度舌打ちをした後、結局凜は溜め息混じりに承諾した。
「……もしもし。水しましまちゃんなのか……?」
『ウン!ボク水シマシマチャンダヨ!』
ふんわりと空気感のある優しい声色、明るくて明瞭な発音。
それはまるで本物の水しましまちゃんだった。
『遙チャン、元気ナインダッテ?』
「……すまない。あれは俺にとってかけがえのないものだったのに、うっかりなくしてしまうなんて……俺は……俺は……!」
『遙チャン、気ニシナイデ! ボク水大好キ。遙チャンモ、水大好キデショ? 僕、遙チャンニ泳イデ欲シイ! サア一緒二泳ゴウヨ!』
どうだ、水しましまちゃんの誘いならば断れまい。
凛はそう確信して遙が頷くのを待っていると、
「ひひっ…っはははははは!もうっ……ふふふ……!凛ちゃん上手すぎ!ははははは!」
遙ではない声が携帯の向こうから聞こえてきた。
「ちょっ、渚君。聞こえちゃいますって………っふふふははは」
「二人とも、し――っ!凛に聞こえちゃうよ」
――渚、怜、真琴。
凛が彼らの声を聞き間違える訳がなかった。
『……お前ら……――』
低く唸るように言った凜は、完全に状況を把握したと見える。
電話の向こうでふるふると身を震わせている凜を想像したのか、遙は息も出来ずに身悶えしていた。
無言で遙から携帯を押し付けられた渚もまだ笑いが収まらない。
「ひぃ……ひっ……ははははは!……りんりんスゴ〜イ!ふふはははっ、ほんと、水シマシマちゃんにそっくり〜〜!」
「なぁ〜ぎぃ〜さぁ〜…………テメェッッ!」
「あ〜はいはい。次まこちゃんに変わるねぇ〜」
その後――。
代わる代わる全員から褒めそやされた凜は、この日から一週間、誰からの電話にも出なくなった。
***
〜一週間後〜
「凛、俺は元気がない。水しましまちゃんの声で励ましてくれ」
「もうぜってぇ騙されないからな」
「……そうか。しばらく凛と会ってないからあんまり気分が優れないんだが」
「…………だったら俺の声でいいじゃねぇかよ……」
―――――
2014.5.31