短編

□満月と影
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「三郎、ほんとに行かないの?」
「行かない」
「お団子好きでしょ?みんなに食べられちゃうよ」
「行かないったら行かない。私はいいから、雷蔵だけ行ってこいよ」
「え−……」


鈴虫の合唱に混じって、二人の声がめっきり涼しくなった夜に響く。
雷蔵が縁側から、部屋の暗がりとの会話を始めて、もう随分になる。

今日は中秋の名月を拝めるとあって、雷蔵達は何日も前から月見をする事を楽しみにしていた。
勿論三郎も月見に参加する予定で、月見の準備にも積極的だった。
おばちゃんに月見団子を作ってくれるよう頼みにいったのも彼だ。
なのに、今日は一転して、月見に行きたくないという。

「今は行きたくなくても、行ってみたら楽しいかもよ?」
「いい。やだ」

三郎は布団を頭からすっぽり被って、部屋の隅で縮こまっている。
どんなに説得しても、部屋から出て来ようとしない。
やると決めたらとことんやるのが、三郎のスタンスで、今回の月見も場所の下見まで済ませてあるのに、一体どうしたというのだろう。

「どうしちゃったんだよ?昨日まで行くって言ってたじゃないか」

上着を着て、部屋の灯りを消そうとした所でこれだ。
気まぐれな面があるが、こうも頑なに行きたがらないのには、何かしら理由があるのだろう。

「ねえ、行こうよ。どうしてそんなに行きたくないの?」
「……ないしょ」

布団の中から目だけ覗かせた三郎が、ぼそりと呟いた。

「教えてよ。それじゃ納得できない」
「……満月だから」
「?」

満月を見に行こうと約束していて、急に行きたくなくなった理由が満月だから?
意味が分からない。
これは困った、と雷蔵は返答しかねていると、ふと満月だからという理由について、思いあたる事があった。

「もしかして、昨日の斜堂先生の話?」

−−満月の夜、大罪を犯した者には影が出ない

クラスメイトに誘われ、みんなで連れだって聞きに行った怖い話の中に、そういう話があった。
斜堂先生は出だしこそ普通に話ていたが、怖がる生徒を見ているうちにどんどんテンションが上がり、一年生相手に容赦なく怖い話を繰り出してきた。
話自体が恐ろしいのは勿論だが、彼の話方も相俟って、五つくらい話を聞いた所で、みんなすっかり肝が冷えてしまった。
あまりの怖さに半ベソをかいて隣の子に抱き着く子もいたくらいだ。
正直雷蔵もすごく怖かったが、何とか平静でいられたのは、怖がりな所がある三郎は大丈夫だろうか、という心配が先に立ったからだと思う。
案の定三郎は怖かったらしく、雷蔵が差し出した手を、ぎゅうっと握り返してきた。しかし、満月と影の話を聞き終えた辺りから、ぱっ、と雷蔵の手を離し、ずっと目を伏せたまま俯いていた。
思い返せば、部屋に帰ってきてからも、三郎の様子はどこと無くそわそわしていた気がする。きっと昨日の話がトラウマになって、まだ恐怖を引きずっているのだろう。



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