短編2
□相互理解と道半ば(竹綾)
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ピッ
「なんですか」
『俺、俺だけど!』
「貴方なのは分かってますよ。だからなんですかって聞いたんだろ。ほら吹き野郎」
『あ、ん悪い。……えっ……と……怒ってる……よな。うん、ごめんな……?』
――気まずそうな気配は電話越しでも伝わってきた。
だがそのすまなさそうな声の割に、八左ヱ門らしい明るさは残ったままなのが気に食わない。
「……………」
『ほんっとごめん!悪かったって』
彼の呼吸の向こうから、カンカンカンと踏切の音が近付いてくる。
いつも通りの大型犬みたいな勢いで太陽の下を歩いているのだろうか。こっちは朝日が眩しくて苛々しているというのに。
喜八郎は布団を深く被り、不機嫌を貫く事にした。
「……………」
『俺だって約束破るつもりなんかなかったんだ。でも七松先輩に半強制的に連れて行かれて……な、なぁ。分かるだろ!?』
「知ったことか」
『なんか……お前最近立花先輩に似てきてない……?』
ガタガタゴトゴト電車が通り過ぎていく。
八左ヱ門はまだ何か喋っていたが、最後の方は聞き取れなかった。――どうせ弱腰の文句か何かだろう。ヘタレめ。
「それで、用件は?」
少し電話向こうが静かになってから喜八郎が切り出すと、「う、うん……」と竦んだような応答。
『最近三郎が引っ越したろ。そん時にごちゃっと出てきたタイ焼き器とわたあめ器とアイスクリーム器とカップケーキの容器と変な形のクッキー型貰ったんだ』
「…………で?」
『で、でさ……だから……。こないだの埋め合わせって事で、今からそれ使ってお前ん家で菓子パーしようかなぁ……って……?嫌か……?」
「……変な形って具体的には?」
『えーっと……たしか宇宙人、地底人、チュパカブラ、ネッシー、スカイフィッシュ。あぁ、でも宇宙人と地底人の形殆ど変わんなかったから4種類だな。――……喜八郎?』
流石は鉢屋先輩……。なんて魅力的な物をお持ちなんだろう。
どんなミステリアスなクッキーが出来上がるのか、その未知への期待から喜八郎は一瞬現実を忘れてポーっとなった。
『喜八郎?……おーい、喜八郎―聞いてるか―?』
アンノウンな魅力に食指が動くのは仕方がない。人間なら誰しもそうだ。
ここで八左ヱ門を許すのはあくまでおまけでしかない。
手段であり結果だ。
昼日中にわざわざ起きたのに、その約束を無為にされた恨みが消え去った訳ではない。しかしまぁ、お菓子のためならば……
「……たい焼きはカスタードがいいです」
「カスタード!?えっ、嘘、あんこしか買ってないよ!お前いつもあんこ選ぶから……」
予想外だ、と慌てふためく八左ヱ門の悲鳴に、ご当地コンビニの陽気にダサい呼び込みが重なった。
今その辺まで来ているなら、カスタードクリームを売ってそうなスーパーに行くには遠回りか……
「あの、やっぱり」
『うーん…でもアイス用の材料使えば……――。よし!俺が作るよ、カスタード』
「……作れるんですか?」
『おう!……たぶん』
とても信用し難い台詞だ。
もしも失敗したらあんこを食べればいいだけの事だけれど……。
とにかく八左ヱ門がやって来る前にしなければいけない事が出来た。
「では鍵掛けてお待ちしてます」
『はいはい。戸締まりしっかりな』
喜八郎はもぞと寝返りを打って、被っていた布団を蹴り上げる。
玄関へ向かいがてら通話を切ろうとした、その時。
『……ったく、合い鍵使って欲しいならそういえばいいのにさ〜」
「……聞こえてますよ」
『えっっ!?』
「チェーンロックしてやる」
『す、すみません調子乗りました!喜八郎さん、開けてくださいね!?俺いま結構荷物多っ――』
ピッ。
ツー……ツー……ツー……
―――――――
冷戦中の竹綾仲直り的な電話。
綾部お怒りの原因は竹谷がお家デートすっぽかした(合い鍵使ってくれなかった)からです。分かりづらい。
2013.6.20