マギ
□安堵(カシアリ)
1ページ/1ページ
※出航(カシアリ)の続き
――統一感のない部屋だ。
白磁の壷にアラベスクのカーテン、脚に金の装飾があるガラステーブル、油彩で描かれた抽象画。
狭い部屋(他の部屋よりは広いのかもしれないが)で犇めく異文化の一つ一つを改めて見ていくが、どうにも統一感が欠場している。
しかしあっちこっちから強奪したものと思しき調度品は、そのどれもが部屋の主と同じマリン系の香りを立てているせいか、この空間に馴染んでいるように思えた。
「まあ一杯やれよ」
「……ありがと」
臙脂紫の液体が入ったグラスを引き寄せると、男はそれをアリババの前に置いた。
部屋の大半を占拠するベッドに腰掛け、盗品だろうそれに口をつける。
飲みかけ以外のなんていつぶりだろう…。喉を通った芳醇な香りに、そんな空しい考えが頭を過ぎった。
どこの部屋からか酒盛りの声が聞こえてくる。羽目を外して喚声を上げるやかましい音は眠りを妨げるには十分だが、あの船の汚い喧騒に比べれば静かなもんだった。
思い出というには些か新しい記憶が蘇り、アリババは誤魔化すように一気にワインを飲み干した。
「お前、なんであの船に“積まれて”たんだ?」とカラカラした声で男が問う。
なんで?――そういえば、なんでだったんだろう…
「借金の形にでもされたか…」
アリババが口籠もっていると、半ば断定的な口調で男が言った。
「…商船が……」
「ん…?」
「俺の乗ってた商船が、あの海賊達に襲われたんだ」
もう何日前だったか。時間の感覚も狂い出していたので、正確にいつ襲われたのかは覚えていない…。
アリババは仲間達と共に、シンドリアに向けて貿易の為に航海に出たばかりであった。最近まで安全だった筈の航路で海の荒くれ達と出会してしまったのは、本当についてなかったとしか言いようがない。今更後悔してもどうしようもない事だけど。
「乗組員を見逃してもらう代わりに積み荷をやるって言ったけどそれじゃ足りないって言われて…だから俺も人質になったんだ」
アリババは暗い表情で話すが、男はふぅん、とまるで日常生活を聞いた時と同様に鼻を鳴らすのみで、
「奴隷なんかいくらいても困んねぇのに。お前相当気に入られたんだな」
確かに上物だ。
そう言いながら男は人の目を引くアリババの髪を掴んでさらさらと弄る。
「それはたぶん…俺がバルバッドの王子…だから」
「なるほど、王子様ね…。鳥籠で育った御身分じゃ、さぞかし刺激的な航海だったろうな」
「みんな…ちゃんとバルバッドに戻れたかな…。食糧とか少ししか分けて貰えなかったし、飢え死んでなきゃいいけど…」
「お前…この期に及んで他人の心配してる余裕があんのか」
心底呆れたような男の視線が痛くて、アリババは男から顔を背けた。
――情けない。
簡単に逃げられるとは思わなかったが、王宮で護身術も学んだ身だ。自分の居場所くらい確保出来るんじゃないかと、それは甘い考えだった。
反論のしようもない。
結果どうにも出来ずいいようにされ続けたのだから。
「…だよな。お前が来なかったら、俺今日もひどい目に合わされてたし…」
自虐的にアリババが言った。刹那。
「そうだな」
肩を押されベッドに倒される。ぽすん、と少し固めなクッションの感触を感じるのと同時に、男の端正な顔が視界に映る。
「――今晩の相手が俺なんて幸せもんだぜ?王子様」
「ちょ、っ…や、やめろよ!」
ずい、とズボンを下ろされ、下着の中に手首まで手を突っ込まれた。
「――…ッ……!」
無遠慮にアリババに触れてくる指。口元だけで笑う男の顔にアリババは恐怖を感じたが、上から強い力で抑え込まれて、強制的に開かされた脚を閉じる事が出来ない。
――嫌だ、嫌だ…
支配欲に満ちた赤紫の瞳に見下ろされているのが何とも心地悪い。あの船でされた海賊達の蛮行が蘇り、恐ろしくなったアリババは無意識に体を硬直させた。
けれど男はそんな事には構わず、まるで弱い所を探すようにアリババのふっくらした尻を撫で、割れ目に指を沿わせる。
う、うっ…と恐怖に声をひきつらせるアリババの表情を楽しんでいるかのように、ゆっくり、焦らすように進んできた男の指が後孔にあたる。と、そこで指が止まった。
「あぁん!?テメェ…切れてんじゃねぇか」
「あ…うん、昨日…、…色々されたから…」
具体的な事は言いたくなかった。昨日だけではなく、忘れてしまいたい出来事がここ数日間でアリババの中には幾重にも積もっていったのだ。
「……ハァ―……もういい。三日もすれば治るか」
大きく溜息を吐くと、男は恥部を大っ広げたアリババの上から退いた。
「……い、いいのか…?」
てっきりこのまま事に及ぶものと覚悟したが、意外にもあっさり男はアリババを解放した。
「いいも悪いも、そんなんでどうヤるつもりだ」と一層不機嫌に男は吐き捨てる。
「どこの下手クソにされたか知らねぇが、俺がそんな風にしたと思われんのは我慢ならねぇんだよ。とりあえず今日はもう休め」
「…う、うん…。あっ、あのさ!」
「何だよ」
「俺、アリババって言うんだ。お前の名前は!?」
尋ねると、男の表情が一瞬固まった。
名を聞いたのはアリババとしては当然の流れだったのだが、男には大層違和感があり、理解し難い事だったらしい。
「……ハァ―……カシムだ」
「カシム……。ありがと!カシム!」
深く溜息を吐いている男に、アリババは明るく人懐っこい笑顔を向ける。
しかし男は「気安く呼んでんじゃねぇよ馬鹿が」と苛立った様子で、ドアに八つ当たりして出て行ってしまった。
男が去り際に火を点けた煙草の匂いが香水の匂いに混ざって、何だか妙に落ち着く。
その後――羊を数えるように何度も彼の名を反芻したアリババの寝顔は、とても穏やかなものだった…
―――――――
カシムさんは下半身を鎮めに出て行きました、と夢のない事を言ってみる←