長編

□小休止―タイム―/スパイパロ(竹綾)
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「つまりお前は今まで俺達の邪魔をしてた組織の奴にまんまと嵌められ、その上そいつが組織から見放されたもんだから同情してウチに連れてきたって訳か」

「面目ない……」


 研究施設の敷地を抜けた後は何事もなく基地に帰り着いた。
 思った通り、三郎は雷蔵に抱き付いてひとしきり火薬と汗の匂いに混じる雷蔵の匂いを堪能してから、その後で俺をみて「次に俺の指示に背いたらその瞬間死ぬと思えよ」と半分以上マジな説教をした。今になって取り乱した三郎の声が耳の奥で再生される。
 勘右衛門は勘右衛門で「はっちゃん、今日はずっと正座ね」と笑顔で刑罰に処する旨を伝え、俺はそれに耐えている最中だ。
 みんなにひどく心配を掛けてしまったのだからこの位は甘んじて受けるつもりでいたが、雷蔵に無視されっぱなしなのは正直胸が痛い……

 命からがらの脱出劇の後。車は俺達の他に沈黙を乗せて走り、窒息しそうな程濃い濃度の不機嫌に曝されながら俺は綾部の肩を抱いて数時間を藻掻き苦しんだ。雷蔵が口を聞いてくれなくなるのがどれだけ堪えるか、そうされた時の三郎の気持ちがよく分かった。


 部屋一面コンクリートの地下室に長机と洒落っ家のないただのパイプ椅子が六つ。伸びたインスタントラーメンのようにふやけた俺の背面の壁には、武器庫とオペレーションルームに繋がる階段が隠されている。
 基地に通された綾部は緊張しているのか、俺がここまでの経過を述べる間ぴくりともせず椅子に座らされた人形みたいにしていた。捕虜として連れ帰った訳じゃないのだが(組織に見限られたのだから捕虜としての価値も当然ない)彼の心中を慮れば、何にしても同じ事だろう。
 パイプ椅子同様安っぽいプラスチック素材の机の木目を凝視しているだけ。(一応武器は取り上げておいたけれど)抵抗もしないし自傷する様子もない。
 その姿はどことなく一人教室の窓から見える雲の数を黙々と数えていた昔の綾部を思い起こさせた。


「連れてきたのはいいにして、これからどうするつもりだったんだ?」

 話には口を挟まずコーヒーを飲み続けていた兵助の少し低い理性的な声が言った。

「どうせ何もかんも考えなしだったんでしょ。でなきゃこんな不覚は取らないよ」

 ね、雷蔵?とわざわざ雷蔵に振る事に何の意味があるんだ勘右衛門。
 戦々恐々としながら雷蔵を見れば、俺の代わりに部屋の角に据えられコーヒーメーカーを睨んでいる。
 ジュォオオオと馨しい薫りを放ちながらコーヒーメーカーは拷問でも受けているかのような音で泣いた。

「とりあえずそいつの処分は俺達で決める。お前が絡むとややこしくなるからな」

「…うん、分かった」

 実のところ俺もどうしていいか分からなかった。きっかけを作っておいて無責任だが、本当にどうしたらいいやら今日一日分の予定さえ立てられそうにない。
 機密保持のために自爆装置まで用意してる組織に通じてた綾部を、此処に長く置いておけば置く程、関われば関わる程、俺達の身だって危なくなるんだ。
 厄介事に首突っ込んでおいてなんて奴だと自分で自分が情けなくなるけど、これは意地で通る程生易しい状態じゃない…。

 じんじん痺れた脚を崩して、部屋を出て行こうとした俺に「あ、ついでにコーヒー買ってきてよ。在庫切れちゃったんだ」と勘右衛門がおつかいを頼む。
 “すぐには帰ってくるな”の合図だと何となく察して、でもこれからの事を考えると気が重く、答える気力も無くした俺は綾部を連れて無言で部屋を後にした。


***


 俺達に与えられたミッションはとある組織の研究の中止。出来れば研究データを横取りしてこいというものだった。セキュリティーは厳重だが、しかしそこを突破出来さえすれば容易に完遂できる筈の任務。
 ところが連中、用心深く傭兵部隊(これがなかなかの規模だ)を雇っていて、その中に偶然綾部がいたのだ。

 最初に見かけた時は心底驚いた。会うのは何年ぶりだろうか。中学までの綾部しか知らないが直ぐに綾部だと気付いた。というのも、不思議な色合いの髪や表情に乏しい顔なんかがそっくりそのままで、背だけがぐんと伸びたという具合に、著しい外見的変化が無かったからだ。
 一歩後ろから俯きがちに付いて来る肩幅の狭く細い手足を見る限り、華奢な所も変わっていない。


 麦畑の中に点々と浮かぶ自給自足に近い生活を送る者達の住処。ありふれた長閑な田舎道を行くと自然と視界に入ってくる景色を見て、家を追い出されてしまった子供のように急に心細い心地になる。
 夕刻の少し冷えた風に指を擦り合わせている綾部は、実際帰るべき場所を失って何を思っているのだろう…

 繰り返しになるが俺は中学までの綾部しか知らない。本当にあいつは昔から周りと空気が違うというか、同じ物を食って同じように遊んでいても、体の中は生物として根本的に異なっているみたいに妙に浮いている変わった奴だった。

(でも俺は当時のあいつと一番仲良かったんだよなぁ……)

 そんな俺にも今の綾部の事は殆ど分からないに等しい。何がどうなって傭兵になったのかなんて、皆目見当もつかなかった。

 再開したあの瞬間伝えたい事は山ほどあったのに、今は互いに言葉を交わす事もなく喫茶店へと足を向けている。
 時折汚く濁った空を見上げる素振りを見せる綾部は、この空が落ちてきてくれたらなぁなんて事を考えながらそうしているのだろうか。

 何だか俺は、そんな気分だった…――



 

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