学園
□この想い、気付く頃には
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(あんな奴に構わず来れば良かった…)
元親を置いてけぼりにしたにも関わらず結局元就の努力は虚しくHRに間に合うことが出来なかった
自らの失態をこれもあの馬鹿のせいだとこれまた理不尽に責任を元親に押し付けつつ一時間目の授業に取り組んでいる
(……しかし、寒い)
走った直後は体も暖まり塩梅が良かったのだがコートやマフラーを外し暫く静かに座っていれば直ぐにその熱は引いてしまい、教室の中で一人体を震わせながらノートにペンを走らせていた
教室にはストーブや暖房等といった物が備え付けられておらず体を暖める術がない
かといってコートを着るわけにもいかない
校内では防寒着を着用することは許されていないのだ
「我を殺す気か……っ?」
どうする事も出来ない苛立ちに小さく呟きながらこれ以上冷えては字が書けないと、外気になるべく触れさせないよう利き手を学ランのポケットに入れると違和感に眉を寄せた
指先にじわじわと感じる温もりに何を入れていたかとそれを掴み取り出す
(嗚呼、すっかり忘れていた)
手の中にあったのは今朝登校中に元親から貰った小さなカイロだった
効果は未だキレていないらしくその温もりは冷えきった青白い手に滑らかな動きを蘇らせるのには十分で
(しかしあ奴が斯様な物を持って来るとは…珍しい事もあるものよ。毎年犬の如く幸村達と共に雪と戯れる程寒さに強いくせに……ん?)
そこまで考えていればフとこの己の言葉に引っ掛かり眉間の皺を更に深めた
-元々それお前に渡そうと思って持ってきたんだからよ-
(…そうか。我の為に持参したのならば合点がいく…いや、いかぬ)
何故我の為に?グニグニとカイロを両手でもて遊びつつ考えるがなかなかその答えに辿り着けるような理由が浮かんでこない
散々思考を巡らせた挙句答えは出ずに終わってしまい手を暖める事に専念することにした
(もう少し暖かくはならぬのか…先程はあれ程に熱かったというのに)
もっと早く暖まりたいのだがこれがカイロの最高温度らしくこれ以上に温度の上がる気配は一向に見えない
何故上がらない…そこにまた疑問を感じた
(ならば先程の熱は何だ?カイロはこれ以上熱くはならない…あの時カイロ以外に触れたものといえば…)
「元親の、手…?」
「あ?俺の手が何だって?」
ポソリと呟いた独り言に返事をされると飛び上がりそうな程に驚いてしまい慌てて声のした方向に居た白髪の男を睨み付けた
元親とはクラスが違う筈だがと睨み付けたままチラと時計を確認すると既に授業は終わり休み時間になっている
まさかこんな奴のことを考えているうちに授業が終わってしまうとは、元就は軽く目眩を覚えた
「で、何だって?」
「……」
元就の鋭い睨みにおどける様子もなく不思議そうに尋ねてくるこの男には教えてやる必要もないかと視線を外しカイロを見下ろす
「それより、何故貴様は我にこれを持ってき…」
「そりゃ元就が寒そうにするだからだろ。毎年一緒に居るんだから寒さに弱いことくらい知ってるしな!あったけぇだろ?」
確かにこの時季になると毎年の様に寒い寒いとどうにもならない苛立ちを元親にぶつけてきた
その度にこの男は俺のせいじゃねぇだろ?とこれまた毎年の様に返していた
だが、その行為は別にカイロを持って来い等と催促していたワケではない
それは元親も十分に分かっていた筈だが…
それなのに今この男は普段と何ひとつ変わらない笑顔で、元就のことを考え心配してくれている
ひとつ、心臓がドクンと大きく脈打った
「…ふん、たまには貴様も役に立つのだな?」
(今の胸の高鳴りは…なんだ?)
普段通り皮肉ってやれば何だよそれと眉を寄せ、まるで幼子のように頬を膨らませて見せる
気持ちが悪い、と吐き捨ててやるが何故か顔をまともに見ることが出来ず視線をカイロへと落としてしまった
(いったい我はどうしてしまったのだ?)
意味も分からず暫く沈黙していると助けとも言えるようなタイミングで次の授業開始のチャイムが校内に響き渡る
「元就?」
「…授業が始まる。早く貴様の教室に戻らねばただでも低い成績がまた下がるぞ?」
「なっ…だからそこまで悪くねぇっての!」
口では強く否定するものの慌てて教室を出ていくその見事なまでの言動の不一致に軽く吹き出してしまった
授業中に居眠りなどするから悪いのだと、後で再びこの場に戻って来るであろう元親に説教でも垂れてやろう
いや、だがその前に先程見れなかった元親の顔を見ることが出来るのだろうか?
(…この感情は…、我は……?)
元親に包まれた先程の手が、再び焼けそうな程に熱くなるのを感じた
END