学園
□たった一秒でも良い、
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教室に足を踏み入れれば丸められた背中が目に入った
「元就?」
机に突っ伏し眠る元就の頭にその声は届かず安定した寝息だけが鼓膜を心地好く揺らした
近寄り身を屈めその寝顔を覗き込めば今ここに来るまでの穏やかだった気持ちが掻き消される
「クソ…またかよ…」
重力に従い机に流れる柔らかな髪の隙間に覗くこめかみには殴られて出来たであろう2cm程度の切り傷が白い肌に痛々しく存在を主張していた
放課後まで気付けなかった事が悔しくて歯を噛み締める
原因は分かっている
「またあの親父さんかよ…元就」
この白く淡い肌に鮮明な赤を刻んだのは紛れもなく毛利元就の父親だ
初めてこの事実を知ったのは中学の頃、まだ小学生時のあどけなさを残した気難しい年頃だった
日に日に元気を失っていく幼馴染みを心配して尋ねてみればこの通り実の親から虐待を受けていることが判明した
だがそれが分かったところで大人の力には勝てる筈もない
元親はただ元就の心の拠となり支えていくしかなかった
それは今になっても変わらないままで…
「ん…っ?」
「おっ起きたか元就」
気だるそうに顔を上げた元就の表情は元親を捉えた瞬間安堵に綻んだ
よしよしと髪が乱れない程度に頭を撫でてやり背筋を伸ばすと此方を見ている白い顔が赤い光に照らされ朱色に染まる
「なぁ、今日は家に泊まりに来ねぇか?もうそろそろ中間テストあんだろ?勉強教えてほしいんだよ」
最もらしい理由を添えて元就を誘う
ここで本当の理由を言ってしまえば迷惑だろうと辛そうな表情で断られてしまうから
「貴様から勉強の話をするとは…漸く頭の重症度に気付いたか?」
「うっせ。今から頭良くなんだよ」
「ほう、期待はしないでおこう」
鞄を手に立ち上がった元就が隣に歩み寄って来ればそのまま二人並んで教室を出る
口元に笑みを湛えながら
これは一瞬の安息かも知れない
それでも
貴方が一瞬でもあの恐怖を、痛みを忘れられるのなら
その笑顔を見れるのなら
END